「力」について

 

 力とは、人の、他の人の心と行動に対する支配の力である。そして、そのもっとも具体的で、判りやすい形として、物理的強制力、すなわち暴力が存在するだけであり、それにいたる過程には、さまざまな段階が存在するのである。

 したがって、これから先、軍事力が使用されることはなくなっても、さまざまな形における力の闘争はつづくと考えれれる。それは疑いもなく、これまでの力の闘争とはよほど変わったものとなるであろう。しかし、それはやはり、あらゆる手段を用いて他人を動かすことを目指した力の闘争なのである。それがいかなる形をとるかということ、そして、その新しい力の闘争に、いかに対処するかということが大きな問題なのである。

高坂正尭、「海洋国家日本の構想」『高坂正尭著作集・第1巻』、都市出版、1998年

 
 経済的相互依存関係がいかに深化しようとも、国際社会のアクターが多様化して主権国家の地位が相対化しようとも、軍事力を行使することのコストが高くつくようになってはしても、人間社会のあり様が根本的にでも変化しない限り、今後も国際政治は「力の闘争」の場であり続ける。結局のところ、我の意志を彼に強制し得るのは「力」でしかないからだ。そしてその「力」の最たるものには軍事力という物理的暴力が存在し続けるだろう。

 ゼロサムに陥ることを防ぎ、共通の利害を探り、適度な資源の分配を図るのが政治や外交のアート(術)ではあろうが、そのこととて「力」の背景とは無縁ではありえない。そして、誰もがより望ましい秩序を構築しようと闘争を続ける。結果、勢力の均衡は崩壊し、現状維持に利益を持つものと現状打破に利益を持つものの対立が先鋭化したりする。国際関係とは実に古代以来この繰り返しである。真に人間とは困ったもので、これからもそうだろう。