水面下で進む保革激突の構図

 以前に『財経』にのった皇甫平*1の「改革を動揺させるな」(参考)の時にも伺えたが、中国の内政を巡って新たな右派と左派の対立が生じている。いわゆる右派とは「新自由主義」とも呼ばれる、市場原理を通じた経済運営を重視し、さらに中国の市場化を推し進め、政治体制もそうした市場原理を通じた合理的な資源配分に適合したものに変えていこうというグループ、もう一方の左派は、市場原理を通じた経済運営が、現在の腐敗問題、格差問題といった社会矛盾を生み、中国の社会主義体制を根幹から揺るがしていると考え、行き過ぎた市場化に歯止めをかけようとするグループ、と取り敢えずしておく。

 そして今回紹介するのがまたまた、右派と左派の間に大きな論争があることを伺わせる文章。厳密にではないが適当に資料批判してみると、この文章は「中國宏觀經濟與改革走勢座談會紀要」*2と題するもので、政府機関、政府の政策に関与している学者によって行われた座談会の内容を記録した文章ということになっている。ただし、これは外部のマスコミの報道によって明らかになったもので(もっと正確に言えばネットに流出したものをマスコミが報じた)、正式には発表されていない。ウォールストリートジャーナル中文版(华尔街日报)が4月6日に報じた「“走光”会议纪要现中国改革辩论」という記事によれば*3、この文章は3月4日に国務院に所属する「中国経済体制研究会(China Society of Economic Reform)」が四十名近くの学者、専門化、政府官吏を招集して行われた研究会の議論を記録したものである。WSJによれば会議の参加者に裏を取ったところ、誤字などが散見されるが内容は間違いないとのこと。実際にこの文章を見たところ、その誤字というのは同音異義語の変換ミスの様なものが多く、これが正式に内部で発行された文章というよりは参加者の何者かが録音したものを外部に流出させたものと思わせる節がある*4。ともかく、この文章が流出した経緯には多分に政治的な意図があることだけは明白かと考えられる。ネット上に登場したのも左派傾向の強いサイトからという話もある。と、この文章に関する話はこれくらい。

 さて、その内容だが、多くの論者がいわゆる「新自由主義」の立場から改革擁護の論陣を張るとともに、市場原理が適切に機能するためには政治改革もまた不可避とする意見が出ていることに注目がされる。前半にされている問題提起を見るに改革を巡る論争の主要な点は以下の通りになるかと思われる。

1、イデオロギーの問題;新自由主義vsマルクス主義、従来のイデオロギーに如何に整合させるか。
2、改革の途上で具体的に解決されるべき問題;国有企業改革、医療改革、教育改革、土地収用問題etc
3、弱者層の問題;格差の問題、富の再配分問題、農民問題、レイオフ労働者問題etc
4、政治体制改革;司法の独立、法治国家三権分立、多党制にまで言及されている

 特に最近の農村での「反乱現象」には多くの者が衝撃を受けていることを伺わせるし、いわゆる「新自由主義」の考え方に親和性の高いものは政治体制改革が不可避だとの強い危機感を感じることができる。例えば「物権法」、「独占禁止法」、「土地所有制」の問題を考えるとどうしても社会主義体制というものに行き当たるし、司法の独立がなければ公正で透明な市場原理の機能が発揮できない、また多発する「農民の反乱」を解決しようとすれば多様な利害集団が合法的に意見表明するチャンネルとそれを政府の政策へとフィードバックするメカニズムが必要であると言った具合に、更に改革を加速させるためには政治改革は不可避と言った具合だ。

 ちなみに面白い数字が出ていたのでメモすると、2005年の集団抗争事件の件数は8万件以上、その60%が土地問題に絡んだもの。1979年から1982年までに文革時の名誉回復を求めるものを主とする上訪総数は2万件、2005年は3000万件とのこと。この現状は、基層においては既に中国共産党の統治能力、利害調整能力が相当に劣化していることを表わしているだろう。会議参加者の危機感もむべなるかな。

 一方の左派であるが、彼らはネット上などで改革の弊害を訴え、右派の共産党による一党独裁体制にも踏み込むような議論を反国家、反党的言動として攻撃している。この人たちの主張というのもあまり見えてこないので一度きっちり見てみる必要があると感じている*5

 さて、私はイデオロギー、路線、政権内の権力関係が密接に関係していると考えると散々強調してきたわけだが、今回の件をどういった政治的な文脈の上で考えるべきなのか、という点に関してははっきり言ってあまりよくわからない。ある局面では右派的な行動と言動の傾向を持つ人が、ある局面では左派的な動きを見せるなどどうも背後では明確に右派、左派で割り切れない状況があるんじゃないかという気もする。その辺はまだ考えがまとまってないんだが、次回にでも概観してみようかと思う。

*1:中の人の周瑞金のインタビューなどはこちら、「专访皇甫平:警綃以“反思改革”之名否定改革」『新京報』、3月15日、http://www.cycnet.com/cms/2006/2006youth/rdnews/t20060315_304854.htm

*2:その全文はこちらで見れる。「杏林山莊中國宏觀經濟與改革走勢座談會紀要」『多維新聞網』、4月9日、http://www4.chinesenewsnet.com/MainNews/SinoNews/Mainland/2006_4_9_9_33_38_896.html

*3:WSJは登録しないと読めないんだがこちらに全文転載されている。「華爾街日報 “走光”會議紀要現改革辯論」『星島環球網』、4月7日、http://www.singtaonet.com:82/op_ed/ed_china/t20060407_185047.html

*4:更に言うと漢字の使い方が広東語っぽい使い方で変換してたりするんだが、私は広東語がわからんのでその点は保留。或いは香港のマスコミに直接流れた分もあるのか?

*5:例えばこんな報道がある。「北京新左派重獲發言權﹖」『多維新聞網』、4月29日、http://www5.chinesenewsnet.com/MainNews/SinoNews/Mainland/2006_4_28_14_49_41_126.html