胡錦濤政権に対するある見方

少し前には胡錦濤という人物に対しては好意的な評価が多く聞かれていたように思う。曰く、若いテクノクラートであるからイデオロギー的側面が希薄であろう、曰く、胡温政権の「親民」姿勢、云々。そういう意見は結構聞かれるので、違った方向から胡氏を評した記事を見つけて興味深かったので訳してみた。

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評論:胡錦濤露出真面目

評論:胡錦濤は本来の姿を露にした
2005年1月12日 BBC特約記者 提姆﹒盧阿?コ (ティム・ルアダー?)

2002年に胡錦濤中国共産党総書記に就任したばかりの時、多くの国際人士は皆知りたがった:「胡って誰よ?(Who is Hu ?)」 訳者注;胡錦濤はHu JinTao(フー・ジンタオ)と発音

あの時、胡錦濤は大部分の国際政治ウォッチャーに言わせればある種未知数の
人物だった。特に着てる格好もそう大差ない中国のリーダーたちの中で、甚だしくは多くの人が胡錦濤がどの人物か姿かたちからは見分けるのが難しい有様だった。

当時少なくない人々が、胡錦濤は経験、魅力、バックボーンに乏しく、あるいはかなり長い期間江沢民を「しゅうとめ」として気遣わなければならないだろうと予言した。

また別の予言は、胡錦濤共青団と言うバックボーンがあり、あるいは政治改革を指向するのではないか、ある人はさらに踏み込んで、彼は中国のゴルバチョフになる、?ケ小平の大胆な経済改革の衣鉢を継ぎ、中国政治の現代化を実現し、最終的にはイデオロギーのくびきから抜け出すだろうと言うものだった。

盧山真面目

現在の情況を見るに、この二つの予言はどちらも間違いであった。

舞台に上がって二年強の胡錦濤はすでに「盧山真面目」を露にした。少なくないアナリストが、胡錦濤就任以後の三つの火:「親民」の姿勢を利用して江沢民を影響力を削ぎ、「左傾」政策によって党内の権力基礎を安定させ、台湾に対する「強硬」な政策で権威を示す、といった部分を指摘している。

江沢民は2004年9月に党中央軍事委員会主席の職を去り、胡錦濤は名実共に党政軍を一身に背負った「核心」人物となった。

ここ最近、北京において新たに強力な国内の意見を異にする人々への弾圧が行われている。この行動はすでに中国の民間にあって敢えて「物言う」人々の「国事」に対する討論の口を塞いでいる。

公に語るのは難しいが、密かに物言う人はいる。最近、ある中国の知識人はBBCの記者に対して、胡錦濤は?ケ小平や江沢民と比べて「さらに左だ」と語った。

長がく中国社会文化問題を研究する劉軍寧は、胡錦濤は確固不動の共産党だと考えている。彼は、江沢民などの権力者が引退した後、胡錦濤はすでに大きな権力を手に入れた、だが彼はさらに大きな権力を欲しているようだ、と指摘する。

異分子の排除

劉軍寧氏は、胡錦濤は最近立て続けに政界、軍部の高官の人事交代を行い、厳しい態度で政見や意見の違いに打撃を与えているが、これは彼が引き続き権力の集中を図っている証拠だと語る。

また多くのアナリストが、胡錦濤は最近いわゆる「団系」の人物を抜擢しているが、これは彼が権力基盤の基礎固めを引き続き行っていることの現れだと指摘している。

あるアナリストは、先日発表された『中国国防白書』は台湾問題の武力解決の可能性に警鐘を鳴らしているとし、さらには台湾を主要な対象とした『反分裂法』を推し進めるというこれらの行動は、すべて胡錦濤が軍部に対するコントロールを強化する為の一手だと指摘している。

国際問題ウォッチャーはまた、胡錦濤温家宝は就任後すぐに鋭く江沢民時代の多くの錯誤を察知した;江沢民が「起家」(創業)した場所から腐敗に打撃を加え、有利に人心を収攬した、との見方を示した。

鉄拳専制

香港にある「中国労働者情報連絡」組織のスポークスマンのロビン・モンローは、いわゆる「胡温新政」は表面上は「オリーブの枝」に手を伸ばしているように見えるが、実は「ビロードの手袋」の中に鉄拳を潜ませている、と言う。

モンロー氏は、今のように中国各地で逮捕されている民間の抗議者、労農抗議者、連絡のある作家の人数と範囲はすでに江沢民時代末期を遥かに越えていることを紹介した。

モンロー氏は「官僚の腐敗と社会の不公平な現象はますます激しくなっており、絶え間ない民間の抗議を引き起こしている。胡錦濤の首脳陣は見たところこうした問題を根本的に解決する能力も、意図も無いように見える」と語った。

あるウォッチャーは?ケ小平には「黒猫白猫」、江沢民には「三つの代表」が有ったが、胡錦濤は少なくとも現時点でまだ自分の、いわゆる「思想体系」を推し進めてはいないと語った。

ハミルトン大学の李成教授は、西側の人々は中国のゴルバチョフを見たいと欲して失望するだろう、何故ならゴルバチョフは失敗の象徴なのだと分析している。

李成は、胡錦濤の歴史的な使命は中国共産党一党独裁を終わらせることではなく、中国共産党を救い出すことであり、同時に中国を変化の激しい国際社会の舞台の上での実力と影響力を強化することである、との考えだ。

李成は、「彼が最後に成功するかどうかは誰もわからない、ただ彼の権力は日増しに増しており、彼の未来に対する展望は多くの中国人の賛同を得ているようだ」と語った。

前任者の影響力を削ぎ、彼の権威を傷つけようと考えれば、前任者の「あら」を探してそれを曝し上げたり、前任者と反対の政策を実行したりするというのは良くある話だ。このBBCの記事では、胡温政権の反腐敗や「親民」姿勢というのを江沢民との権力闘争という文脈で解説している。江沢民時代を振り返ってみる。江沢民政権は80年代に高まった中国国内の政治改革に対する欲求の高まりと、その挫折である第二次天安門事件を受けての反動の中で誕生した。それ故に、江時代には政治改革は大きく頓挫し、経済一辺倒の政治運営は高い経済成長をもたらすと伴に、貧富の格差の拡大、官僚の腐敗や汚職と言った社会問題を激化させた。こうした情況の中で権力を継承したのが胡錦濤だ。彼は経済成長の恩恵に与れない人々に対しては「親民」姿勢を持って、腐敗の横行には断固とした態度で臨む(記事中ではそれらの反腐敗行動は江沢民の地盤で成されたとの見方を紹介している)。こうした姿勢は改革開放政策のもとで取り残された人々の支持を得、江沢民時代の政策の錯誤を露にさせる。あるいはこれが西側の人々に「中国のゴルバチョフ」との印象を与えたのかもしれない。しかしながら、党の権威に挑戦する言論や行動は許容しない。

そう言えば、中国人の専門家から「対日新思考」外交なる一連の提言がなされた時も、胡錦濤政権は対日外交を改善させる考えがあるのではないかと多くの人が指摘していた。陰謀論めくがその後に日本が関わる言いがかりの様な事件が相次ぎ(西安の暴動事件や、一連の対日キャンペーンなど)、胡錦濤江沢民の間の権力闘争などが伺われる気がしたものだ。日中関係が停滞に陥ったのはやはり江沢民時代からであり、対日政策を巡る路線対立を連想したのだが。とすると、例の「対日新思考」なるものも、或いは江沢民の権威と影響力を削ぐ為のものだったのかという見方も出来る。胡錦濤はすでに党政軍の権力核心を掌握しているが、対日外交が大きく動く気配は現時点ではない。彼にとってみれば江沢民の影響力が低下すれば、敢えて輿論の反発や政敵に日本に対して弱腰であるという攻撃材料を与える必要は無いのかもしれない。判断の難しい所だが。

さても、中南海は魑魅魍魎、百鬼夜行の巷なり。



尚、中国の最近の言論環境や胡錦濤温家宝政権が直面してる問題などに関しては、霞山会の出版している月刊『東亜』のオンライン版にある、高橋博氏による下記の文章などに詳細な分析がある。

霞山会文化事業部 月刊『東亜』
チャイナ・ラビリンス
高橋 博 「焦国標北京大学助教授、中央宣伝部の廃部を呼びかけ」 2004.6月号

霞山会文化事業部 月刊『東亜』
チャイナ・ラビリンス
高橋 博「正念場を迎えた胡・温政権?幹部汚職の悪質化と農民の反乱」 2004.12月号