党中央は軍の安定維持に躍起?

 8月15日に中国人民解放軍の機関紙である『解放軍報』が報道した中央軍事委員会が近く発布するという『軍隊貫徹執行「中国共産党紀律処分条例」的補充規定』なる規定が色々と憶測を呼んでいる。

『軍における「中国共産党紀律処分条例」貫徹執行のための補充規定』発布

厳格に党を治め、軍を治めるという方針を貫徹するため、中央軍事委員会は近日中に全軍に対して『軍における「中国共産党紀律処分条例」貫徹執行のための補充規定』を発布する。『補充規定』は軍において『中国共産党紀律処分条例』を貫徹執行するための重要法規であり、新しい時期の軍隊党の紀律の確立を強化し、更に軍内党紀案件の処理業務の規範化を進め、部隊内に党風廉政を確立することに重要な意義を具える。

『補充規定』は三十条から成る。処罰の条件と紀律の適用基準の設定上、十分に軍が党の紀律を遵守するための特殊な要求を体現している。特に政治紀律を守ることを強調している。党の軍に対する絶対領導に反対することと、国家と軍の安全に危害を加える活動に参加することに対しては、一律に党籍の剥奪と明確に規定している。また、無断で軍隊条例規定外の団体、組織を設立すること、宗教、迷信活動に参与すること、流言をなす若しくは宣伝をなすこと、深刻な政治問題の情報を秘匿すこと、社会で行進、デモ、座り込み、請願、集団陳情活動に繋がる活動を組織、参与、若しくは支持すること。これらに対しては厳罰を以って臨む。

『補充規定』は往々にして発生する紀律違反、違法行為の問題における処罰の度合を強めた。軍の建設工事に対する介入、物資の購入、装備機材の廃棄処理、譲渡、売却、軍隊の土地、建物の賃貸、軍用車両、軍用ナンバープレートの貸し出し、及び部下に職責に違反する行為を唆し指示するなどの紀律処分は、明確に規範化された。

また『補充規定』は公費での飲食、私的に「小金庫」等を設けるなどの問題を処理するために、処分条例を設けた。戦時の紀律違反行為に対する処分にも規定を設けた。


「《军队执行<中国共产党纪律处分条例>补充规定》颁发」『解放軍報(中国軍網)』2005/08/16
http://www.chinamil.com.cn/site1/xwpdxw/2005-08/16/content_273781.htm

 記事の内容を見てもらえば分かると思うが、報道においてはいわゆる腐敗問題よりも、軍の政治活動の禁止に重点が置かれている。従来型の腐敗問題への対処ならば特に注目する必要もないと思うが、中央軍事委員会が党の絶対領導(指導)に従うこと、軍における政治的な活動を禁じる規定を導入するというのは剣呑な動きにも見える。ご存知の通り人民解放軍中華人民共和国の国軍ではない。あくまで中国共産党の党軍という立場にある。こうした動きには兆候があった。8月1日付けの『解放軍報』は八一建軍節に当たった社説で党の軍に対する「絶対領導」を強調していた。こうした動きは「党の絶対領導」という前提が弛緩しつつあるという背景と不可分と言える。

 この報道を受けて台湾紙、香港紙、中文反体制紙などもこの動きを伝えているのだが、なかでも『Asia Times』の中文版である『亜洲時報』の「擔心軍方出現情況中央加強黨指揮槍」という記事がまとまっているかと思う。この記事ではこうした動きの背景について、

● 中央社の8月1日の報道によれば、新疆独立運動を展開している東トルキスタン情報センター(東土耳其斯坦資訊中心)は8月1日、新疆ハクス?(哈克蘇)に駐留する農一師三団において、兵団の団員の多くが原籍地への移住を要求したが、兵団が許可しなかったために兵団員の武装暴動に発展したと発表した。現在、新疆兵団は中国当局によって、ウイグル人の独立闘争に並ぶ武装暴動を引き起こす新疆における不安定要素の一つと見られている。

● 中国で近年多くの土地収用に絡む事件が発生しているが、軍属もまたその影響を受けている。中央は再三にわたり軍属の土地移転に関してはその権利を尊重するように通達しているが徹底していない。軍中にこうした問題に対する「情緒」が蔓延すれば、中国の安定に大きな影響を及ぼしかねない。(筆者補足、記事中では『法制日報』の報道を元に土地収用に絡んだ問題が取り上げられているが、最近、退役軍人が退役年金問題に絡んで北京に集団陳情する事件も発生している。いずれにせよ軍人、軍属の生活問題は深刻なようであり、話題の劉亜洲などは『信念と道徳』の中で下級軍人の貧困に対して強い同情を訴えている)

● 『補充規定』は無断で軍隊条例規定外の団体、組織を設立すること、宗教、迷信活動に参与すること、流言をなす若しくは宣伝をなすこと、深刻な政治問題の情報を秘匿すことを禁じている。これは1999年7月に中国当局法輪功の弾圧を開始したが、それ以前に解放軍301医院の院長李其華など軍元老が法輪功に参加していた事例があり、そのためこの種の補充規定が新たに設けられたと考えられる。

● 『補充規定』はまた、党の軍に対する絶対領導に反対することと、国家と軍の安全に危害を加える活動に参加することに対しては、一律に党籍の剥奪と規定している。これは中央の指導者が解放軍中のある向きの傾向に対して「軍部の政治的な中立性」が維持されるか不安を覚えているためだ。幾人かのかつてアメリカに留学していた軍部の将領の中には、「軍隊の国家化」の方向に共鳴し、軍隊を専業化する路線を希望している。しかし、共産党はこの種の思想が党の「一党専制」の地位に脅かすとして極力反対している。(筆者補足、党軍の国軍化は党が「一党専制」を可能とする資源の一つである、暴力装置としての軍の放棄に繋がるという考えか)

● 劉亜州は今年の早い段階で講演『信念と道徳』の中で次のように指摘している。「私には一つの観点がある:中国の真のエリートと改革者は、その大部分が軍隊のうちにある。」あるいは、軍部内の改革傾向の思想を有するものがいるために、中央は党の指揮権の問題を改めて提起したと考えられる。去年の九月に中共四中全会の『決定』は、「党の軍に対する絶対領導を堅持し、徹底して思想政治建設を首位に置き、永久に人民の軍隊の性質と、その本来の姿と作風を保持する。」と指摘している。

● またある分析は今回の新規定は軍部内の路線対立が関係しているとの見方もある。最近、劉亜洲は両岸関係における「非戦」の「整合」の問題を提起し、大陸が台湾を回復するには「征服」という方法には頼れず、政治改革を通じて精神的な支持を得る必要があると主張した。一方、朱虎成は「アメリカが介入するなら、我々は反撃する」とし、また「核兵器アメリカに対抗する」という発言をしている。外野では軍内に「二つの路線」の闘争が出現しているのではという分析もある。今回の規定はこの軍内の議論の温度を下げるためではないか。(筆者補足、太子軍、少壮の強硬派ということで劉亜州と朱虎成などは一括りに考えていたがこの見方は興味深い。)

などを上げている。

擔心軍方出現情況中央加強黨指揮槍」『亜洲時報』2005/08/16

 関連する記事などは以下の通り。

 台湾の中廣新聞網はロイター通信の報道を引用して、党中央が軍部への統制を強めているのは、中共が「カラー革命」が中国に波及し、党が崩壊することを恐れているかだとの分析を伝えている。

中共擔心橘色革命,命令軍人忠於黨」『中廣新聞網(蕃薯藤新聞)』2005/08/16

 RFAは香港誌『開放雑誌』の編集長金鐘にインタビューしてる。インタビューによれば、今回の規定は中国の社会矛盾が更に拡大していることを反映している。そして、共産党は軍隊の社会を安定させる役割を維持するために、軍の清廉を求める一方、また軍が各種の集団陳情事件に介入することがないように防止しようとしているとしている。またRFAは併せて、8月1日に一万名近い退役軍人が北京に集団陳情を行った事件も伝えている。

中央下令嚴禁軍人參加或支持社會上的遊行、示威、串聯上訪等活動」『自由亜洲電台』2005/08/16

これは、五中全会でも動きがありそう。