中国の集団抗争事件はますます深刻に

 『美国之声』(Voce of America中文版)の8月29日付「中国一年发生七万多次民众抗争」という記事によれば(註1)、台湾の行政院大陸委員会(註2)は昨今の中国における集団抗争事件に関する報告を8月29日に発表した。発表されたのは『近期中國大陸群體性抗爭事件分析報告』という文章。原文を見たいと思って大陸委員会のウェブサイトをあさってみたがちょっと見つからなかった。よって次にあげる数字は『美国之声』に基づく。

 報道によれば、去年一年で発生した抗争事件は約7万4千件。今年に入ってからは上半期に中国の92の地区で341件の集団抗争と規模の大きい武装抗争事件が発生している。その内1万人以上の規模の事件が17件、5千人以上の規模の事件が46件、死傷者は1740人に達している。公安、武装警察、地方幹部の死傷者は484人に達している。またこうした事件によってもたらされた経済損失は340〜400億人民元に上ると見られている(註3)。

 こうした数字がどういう統計を下に提起されているのか原文を見ていないので何ともいえないが、去年の数字などは中国の公安当局が発表した数字に近いように思う。あるいはそちらを参照しているのかも(確証はない。まあそのうちこの文章も反体制系のウェブサイトに転載されるだろう。)7万4千件というのも穏やかではない。その中には最近その映像が暴露された定州の事件のような例も表に出ないだけで多数あったのだろう。「械闘」という言葉も結構聞くし。元々は「械闘」というのは武器を持っての出入りという意味で、水利権を争う村同士の出入りとか「分類械闘」なんてのが思い浮かんでほのぼのするところなのだが、定州事件(勝手にそう呼ぶが)の映像を見るに洒落になっていない。

 報道によれば、報告はこうした抗争事件の主な原因として農地の収用、農民、労働者の給料不払い、都市の住居移転、貧富の格差、都市の失業、腐敗、幹部の素質低下、中国の民間での権利意識の高まりなどをあげている(註4)。特に深刻なのは農地の収用に絡む集団抗争事件だろう。最近頻発しているのはこのパターンが多い。農民にとっては土地というのは最後の収入手段であり、社会保障の手段でもある。その土地を碌な補償金を払うこともなく手離せと言われれば、農民としても黙っていられないだろう。NHK-BSのワールドニュースを見ていたら中国の土地収用に絡む問題についてのリポートをやっていたが、そこでの話によると政府の支払った補償金と農民の受け取った補償金の統計の間には齟齬があるという。中間でどこかに消えて行っているというわけだ。本来は農村における土地は集団所有というかたちをとっており、農民はその使用権を有しているということになっている。集団財産は法律の規定によれば村民委員会(註5)、並びに村民会議において管理と監督されることが定められているが、往々にして村民の意向に反する決定を上級の郷鎮政府や村党支部、村民委員会主任(村長)が行うことによって抗争事件に発展したりする。

 ごく最近の例をあげれば広東省大石村の例が興味深い。ことの発端は村の土地の売却に関わる財務に関して不透明な項目が二十数項目あることに怒った村民が村民委員会主任の改選を要求したことに始まる。一億元近い金額がどうなったのかはっきりしないという。この主任の罷免と改選というのは「村民委員会組織法」上まったくの合法だ。ところが、この罷免運動の中心人物が突然に不審車に連れ去られそうになったところを村民が目撃、直ちに周囲の村民がこの車を包囲し始めた。この不審車は鎮政府によって派遣されたことが疑われるという。しばらくすると五百名の武装警察が到着、村民と衝突した。結果、罷免運動の中心にいた人物が武装警察に連行されるに及んだ。村民は釈放を要求するために公安局を包囲したが、鎮政府と公安が村の財務帳簿を奪還せんとしようとしているとの話を聞きつけ村の財務室に集結。百名近い村民ががんばってたようだがその後の報道が無いのでどうなったかはよくわからない(註6)。

 一方、こうした抗争事件が起き、またその規模が大規模化している背景にはこうした事件を支援するネットワークが生まれてきているという話もある。たまたま手元にあった資料のコピーによると、「負担軽減陳情代表」、「負担軽減代表」などと言われる、いわゆる「農民利益代弁人」というものが徐々に形成されつつあるというネタが書いてある(註7)。こうした人々は法律に関する知識を持ち、法律や中央指導層の講和、通達などを利用して農民の利益を各種政府機関に訴えるという。この雑誌に掲載されている話は湖南省の某県でのフィールドワークの結果から観察されたとのことだが、上述の広東省大石村でもそうした正確の存在が活動している。この事件では村民に代わって鎮政府、公安当局に法律方面や行政手続を掛け合っていた人の動きも村民の抗議活動の背後に存在している(註8)。こうした動きが『美国之声』で中国の農民の権利意識の高まりという風に評価されているのだろう。

 さて、この『美国之声』の報道の中で、インタビューを受けた台湾政治大学の袁易教授は「これらの抗争は中共政権の盛衰に致命的な脅威をもたらすものではない。これらの抗争は改革開放期に中国が世界と合流し、中国人全体が未来に対してプラス面の、希望のある展望を抱いているという環境の下での摩擦だ。」との認識を示している。中国に対してかなりぬるい見方だと思うがなぁ。学者先生も農民がいかに土地に執着するか知らないわけでもあるまいに。こうした動きというのはかつての王朝交替期の歴史と符合するものだし。そこまで楽観視していいものだろうか。貧富の格差の拡大とともに未来に希望を持てない人たちも増えていると思うが。



(註1)「中国一年发生七万多次民众抗争」『美国之声』2005/08/29
http://www.voanews.com/chinese/w2005-08-29-voa39.cfm
(註2)台湾の対中政策を担当する政府機関。
http://www.mac.gov.tw/
(註3)同上『美国之声』
(註4)同上『美国之声』
(註5)人民公社時代の生産大隊に相当する範囲を担当する「自治組織」。戸別生産請負制の導入によって人民公社は解体していったが、それによって生じた「権力の空白状態」を埋めるべく建設された組織。法制上は「民主的な自治組織」とされるが、村党支部、郷鎮政府との関係からその「民主的な」機能は発揮されないことが多い。
(註6)「廣州番禺村民因要求改選村委會主任與武警發生衝突」『自由亜洲電台』2005/08/17
http://www.rfa.org/cantonese/xinwen/2005/08/17/china_rights/
「廣東太石村逃避追捕的村民向本台講述罷免村幹部事件的最新情況」『自由亜洲電台』2005/08/26
http://www.rfa.org/cantonese/xinwen/2005/08/26/china_rights/
 26日の記事の「相関資料」というところからは武装警察と対峙する村民の様子を撮影したというファイルが見ることが出来る。
(註7)于建嵘「农民有组织抗争及其政治风险」『战略与管理』2003-3
(註8)そうした支援者が反体制系のウェブサイトに自身がどうい風に動いているか寄稿している。
郭飛雄「太石村民罢免村官动议发起人冯秋盛流落在外 ――广州郊区太石村罢免村官工作最新进展」『新世紀』2005/08/21
http://www.ncn.org/asp/zwginfo/da-KAY.asp?ID=65434&ad=8/21/2005
郭飛雄「太石村事件最新进展」『新世紀』2005/08/26
http://www.ncn.org/asp/zwginfo/da-KAY.asp?ID=65509&ad=8/26/2005