展開を見せる広東省番禺区魚窩頭鎮大石村の抗争事件

 以前に何度か書いた大石村の件(参照1参照2)が新たな展開を見せているので、事件のその後について書いてみようかと思う。

 前回は9月1日の早朝に番禺区政府前に座り込み、ハンガーストライキに突入した大石村の村民が武装警察に排除されたところまで書いたかと思う。その後、武装警察は区政府に通じる道路を警戒。村民が再び区政府前で活動を行うのを阻止。一方、大石村の村民は村の財務室を死守する構えを崩さず、この騒ぎは膠着状態となっていた。

 こうした膠着状況に変化が見られたのが9月7日。番禺区政府民政局(民政局は村民自治を所管する部門)が村委会主任に対する罷免要求署名(「村民委員会組織法」の規定に基づく)の照合作業を行うために五名の人員を派遣したことで俄かに動き始めた。署名に基づいて身分証と本人の照合作業をいった区民政部であるが、その不透明なやり方や確認された署名の人数を発表しないなど村民の不満を高めたが、兎にも角にも区政府当局としては村委会の罷免動議の存在を認めたことになる。更にこの時点の報道には近日中に区政府が村の財務帳簿の調査に関して協力するための人員を派遣するという話もあった。もっとも村民側としては帳簿の公開がされないのであれば、如何なるものにも帳簿を渡すのを拒否するとしている(註1)。

 上述のように上級政府と村民の間で和解に向けた動きが出たと思っていたところ事態は更に急転。9月9日の早朝、魚窩頭鎮政府は公安と武装警察を大石村に投入。放水車の援護のもとで村の財務帳簿を守るべく財務室を死守していた村民を実力で排除した。「不法集会」を行ったというのがその名分らしい。報道によると、この時に財務室前にいたのが100名前後。その内、48名が公安当局に逮捕されて連行された。実力で村民を排除した公安当局は財務室に踏み入り財務帳簿や関係書類を持ち去った(註2)。7日の区政府による罷免動議署名の照合作業とこの9日の実力行使の間にどのような事が起こったのは不明だ。『自由亜洲電台』の報道によると、この公安の実力行使の主体は魚窩頭鎮政府と書かれている。上級政府(区、市政府など)の指示を受けて鎮静府が公安を投入したのか、それとも鎮政府の独断なのか、報道からは何とも言えない。しかし、7日時点での動きと9日時点での動きに齟齬があるのは確かではある。あるいは罷免動議は認めるが、土地取引に絡む不正の証拠は表に出さないという点で区政府と鎮政府が一致していたということも考えられる。

 こうした動きの中で奇妙な動きも見える。台湾の中央社の報道経由で知ったのだが、14日付けの『人民日報』の華南新聞において、この大石村の村委会構成員に対する罷免動議に関わる活動を高く評価する論評が発表されている(註3)。この評論において、村民の行動は社会の中で独立した輿論の力が活動する範囲である公共領域を形成し、法律の手続きに従って村民にとって満足できない官員を罷免しようとするのは村民の合法的な権利であり、法的な手続きに従って村民が自治を行うのは「法律普及教室(普法課)」の法律知識の普及宣伝活動の成果であると強調している。また、この評論の中では「法律普及教室」に参加した馮秋勝という村民が「村民委員会組織法」と「広東省村務公開条例」を他の村民に対して説明していたとのエピソードが紹介されている(註4)。こういう文脈でかかれると、政府の法治建設に関係の活動が基層民主推進の大きな要因である、というような御用評論家の政府賛美の臭いがしないわけではない。更に、この評論は「大石村の村官員に対する罷免活動は代表的な性格を具えている、これは珠江三角デルタの農村における村民自治の一つの典型である」と結んでいる。公安と武装警察によって数多くの村民が拘束、拘留されるという事態にありながらこの自画自賛ぶりは流石におぞましいものを感じる。ポルナレフ流に言えば正に「頭がどうにかなりそうだった…、人権弾圧だとか法治建設とかそんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」というところだ。

 この評論では事件のあらましも触れられている。文章によると、「幾人かの組織者が「罷免動議」を起草して、直ちに400名強の村民が動議に署名して拇印を押した。署名は直ぐに番禺区民政局に送られたが拒否された。その後、五名の村民が再び民政局の接待室を訪れ、新たに署名がされた罷免動議を提出した。署名は更に増加して800人に増加していた。ついに民政局は人員を派遣して署名の確認作業を行ったが、数百名の村民が早くから確認作業が行われる場所に集まっており、その中には百歳のお婆さんも孫に支えられて現地に自ら脚を運んで身分証を提出した。公共領域は一人一人分散している村民の間に協力体制を形成し、村民に一つの共同行動を行う共同体を形成した。」とある。罷免要求のそもそもの原因である土地に絡む不正や、罷免要求の過程で多くの村民が公安当局に逮捕されたことなどには全く触れられていない。これを官製メディアの限界と見るか、農民の命を張った活動をあたかも当局が平和裏に受容したかの様に書くばかりか村民自治とか基層民主の宣伝材料にしていると見るか。そういやちょっと前に、胡錦濤とか温家宝が村民自治に言及して民主とか人権に関して宣伝してたな。

 この様な評論が出てくる背景をどう考えるか。中央と広東省とのこの事件に対する立場の違い、外国メディアにも報道されてしまったこの事件に対するカウンターというか逆宣伝、広東省内部での各級政府間の不協和音。色々と可能性は考えれれるが今のところはよくわからない。

 さらに、14日には15日に罷免委員会のメンバーを選出することが公布され、15日には100名近い公安が警備する中で村民大会が開かれ、上級政府が推薦する候補者を抑えてメンバーの全員である七名ともに村民側の候補者が当選した。報道によればこの結果は夕方までに番禺区政府によって公布されたという(註5)。罷免を求める村民側にとって大きな前進といってよい結果が出た。一方で、当初から村民側に法律家とのわたりをつけるとか、区、鎮政府との交渉役を担っていた郭飛雄の行方がわからなくなっていることや、この村民大会の際に村民の罷免活動に支援を行っていた呂邦列が秩序を乱したとして公安に拘束されたとのこと(註6)。この事件を特徴づけるものとして、当初から村民を支援する知識人や法律家の存在が見て取れていたが、どうもその中心人物が拘束されたらしい。また、村財務に関する帳簿を巡る村民と公安との衝突で逮捕された村民のうち、未だに23名が拘留されていることに加えて、彼らの拘留が行政拘留から刑事拘留へと変更された模様である(註7)。先の『人民日報』の評論に見られるこの事件への賞賛ぶりと現場の実情にはかなりの温度差がある。村委会主任の罷免へ向けて村民側は前進しているが、その目的である土地取引に関わる不正をどう追求していくかに関しては財務帳簿が鎮政府に抑えられたこともあり、その道は遥かである。


(註1)「番禺區民政局開始覆核太石村民請求罷免村委主任的簽名」『自由亜洲電台』2005/09/09
http://www.rfa.org/cantonese/xinwen/2005/09/09/china_rights_taishi/index.html?simple=1
(註2)「廣東番禺魚窩頭鎮政府突然採取新的高壓行動對付村民」『自由亜洲電台』2005/09/12
http://www.rfa.org/cantonese/xinwen/2005/09/12/china_rights_taishi/index.html?simple=1
(註3)「番禺太石村推動罷官 中國官方媒體譽為典範」『中央社(蕃薯藤新聞)』2005/09/18
http://news.yam.com/cna/china/200509/20050918121763.html
(註4)「有感于村民依法“罢”村官(一家之言)」『人民日報・華南新聞(人民網)』2005/09/14
http://www.people.com.cn/GB/paper49/15696/1387992.html
(註5)「番禺区政府同意太石村民成立罢免委员会、但维权人士郭飞雄下落不明引起关注」『自由亜洲電台』2005/09/15
http://www.rfa.org/cantonese/xinwen/2005/09/15/china_rights_taishi/
「太石村村民支持的七名罢免委员会候选人全部当选」『自由亜洲電台』2005/09/16
http://www.rfa.org/cantonese/xinwen/2005/09/16/china_rights_taishi/
(註6)同上
(註7)同上