胡錦濤は中央政治局の主導権を掌握か

 目下の中国政治の焦点である十六期五中全会は10月8日から11日までの開催と決定した。また、10月上旬にはロケット神船六号の打ち上げが予定されており、それに合わせて、五中全会で決定される大十一次五カ年計画の開始を「中国の科学技術の全面勝利」とかいって大々的に祝うとともに国威発揚に努めることであろう。

 五中全会で政治的に注目される点などを列挙してみる。

●次の五カ年計画である「第十一次五カ年計画」がどのような原則、思想のもとで策定され、それが実際の計画にどの程度反映されるか。
●閉幕時に発表される会議コミュニケの内容。コミュニケが「五中全会の認識」というコンセンサスを現し、それは今後の「統一された全党の思想」を体現することになる。
●人事。特に焦点は事前に色々と情報の出ていた上海市党委員会書記に関する人事の動向。
●上述の動きの中で観察される党軍関係(政軍関係)、中央と地方の関係。

 これらを通して胡温指導部がどの程度の権威を確立できたか、また政治的な敵対者の動向などが浮き彫りになるかと思う。


第十一次五カ年計画は胡錦濤の唱える「科学的発展観」、「和諧社会建設」が前面に

 前回も触れたが(参照)、事前に流れてくる情報などを見ていると次期五カ年計画である第十一次五カ年計画は「科学的発展観」、「和諧社会建設」という胡錦濤色の濃い線で草案が策定されている。こうした動きの背景は、以前引用した(参照)中央党校副校長・王偉光の発言に要約されると思う。曰く、「指導的幹部の発展観念の問題を解決するのが先ず重要な任務である。」この発言は、経済成長率至上の経済運営と、より均衡のとれた経済発展を目指す経済運営との路線対立を暗示している。単純化して言えば、前者の路線を擁護しているのが上海閥に代表される江沢民系列の勢力であり、後者の路線を推進しようとしているのが胡温指導部と言えるようだ。最もそれらの勢力との直接的な人脈関係や、利害が無くとも自らの利益を極大化するために一方に与したり、また別のイシューとの関係で一方に与したりとう行動も有り得るので、そう単純に色分けできるものでもないだろうが。

 それはともかく、そうした路線対立というか、発展観をめぐる対立というのはこれまでなされた様々な報道によって裏づけされそうである。五中全会に関わる中国国内でも胡温指導部がこの発展観をめぐる争いで主導権を掌握していると思わせる報道がなされている。『人民日報』の9月29日付の報道によれば、中央宣伝部、中央政策研究室、中央党校、国家発展改革委員会、中国社会科学院の五つの関係部門による「科学的発展観」理論の学習を貫徹する研究会が開かれたとのこと。ここではお馴染みのタームがちりばめられているが、中でも注目すべきなのは、「『科学的発展観』は我が党が新世紀の新段階に至ったてから党、国家事業の全局面における発展の出発点となる重要思想であり、訒小平理論、三つの代表という重要思想を発展継承したものである」としている点である。党の理論的、政策的、イデオロギー的な正当性を付与するシンクタンク機関とイデオローグ機関が「科学的発展観」を訒小平理論、三つの代表という訒小平時代、江沢民時代を体現するイデオロギーと同格の「重要思想」として並べられたことは、胡錦濤が党内における権威を確立しつつあることの証左と考えられる(註1)。またこうした動きのシグナルは五中全会の日程を決定し、第十一次五ヵ年計画の草案に関して意見を求めた胡錦濤主催の29日開催の中央政治局会議においても見られる。この政治局会議を報道した『人民日報』の記事から引用する。「現在の国際形勢は引き続き重大な変化が生じている、我が国は小康社会の建設を全面的に進める時期に入った。今後五年間、我が国経済社会の発展には多くの有利の条件があるし、また少なくない困難と問題に直面している。我が国経済社会の早期のそして良好な発展を実現すべく、我々は訒小平理論と三つの代表という重要思想を指導原理として堅持し、全面的に科学的発展観の実行を貫徹しなければならない。党執政興国の第一の任務の発展を掌握し、経済建設を中心とし、発展と改革を通して前進中の問題を解決することを堅持する。「人民を以て根本と為す」ことを堅持し、発展観念を転換させ、新たな発展モデルを創造し、発展の質量を高め、「五つのすべての計画」を実行し、的確に経済社会の発展を全面的で協調的な持続可能な発展軌道に転換する必要がる。」とされている(註2)。前半部分の訒小平理論と三つの代表云々というのはお約束のお経部分であるが、後半の太字部分は注目に値する。ここで言う発展観念というのは正に経済成長率至上主義の江沢民時代と、「和諧社会建設」という均衡的な経済発展を目指す胡錦濤時代との明確な違いを暗示している。更には10月1日の「国慶節」に際しての温家宝の重要講話の中にも、上述の内容と符合するタームを基調とする演説が行われている(註3)。


注目人事、上海市党委員会書記の動きは?

 さて、注目の上海市党委員会の人事であるが、ここでも胡錦濤に有利かという報道がなされている。台湾紙『中国時報』の電子版である『中時電子報』経由で知ったのだが、『The Wall Street Journal』と多維新聞社が現上海委書記市党・陳良宇は交代する可能性があり、後任人事の候補には現統戦部長である劉東延が含まれるという(註4)。陳良宇は江沢民系列の人物と知られる。また、上海市党委書記の人事は江沢民以来、江沢民、朱鎔基、呉邦国、黄菊、陳良宇と上海市長からの繰り上がりでなされてきた。それが、例えば劉東延のような落下傘人事で上海市党委書記の人事が決まるとすれば、いわゆる上海閥の影響力の低下の表れと評価されるだろう。

 また上海閥の影響力と言う点で言えば、最近の曽慶紅に関する報道なども興味深い。香港誌の『動向』九月号に載った記事の転載記事によると(註5)、曽慶紅は五中全会計画準備小組の組長の任に当たっていたのだが、8月15日に政治局に提示することなく、また小組の一致した意見を得ることなしに省級党委の常務委員、中央委員、中央委員候補に対して文書を発した。この文書は、各省と中央の各部、各委員会に対して彼らの経済、金融、医療衛生、社会保障、国有企業などの改革について意見を求めるものであった。これは、政策の意見聴取に名を借りた温家宝に対する政治的な攻撃である。事実、6、7月以来、地方の江沢民系列の省委などから主にマクロコントロールに関して不満の声が上がっていた。曽慶紅の8月15日時点でのこの文書下達はその流れの中で出てきたものだが、この動きは中央政治局、党元老の質疑を受けて頓挫し、曽自身「党性が十分ではなく、政策決定の上で重大な粗雑さがあった」と自己批判するに至った。特に名前が挙がっている曽慶紅の批判者は、中央書記処が曽慶紅事務所になっていると批判したと言う、徐才厚と何勇、また中央政治局に曽慶紅を叱責する意見を寄せた党元老としては、喬石、宋平、李瑞環、尉建行などとのこと。この動きは以前にニューヨークタイムスに載った「胡錦濤と曽慶紅の同盟」という記事と関連があるのだろうか。彼の転向を印象付ける記事であったが。いずれにせよ二つの報道見る限りにおいては、政治局における上海閥の元締めとしての影響力を失ったと考えられるが。さて、どんなもんなんだろうか。

 どうも現在のところ胡錦濤の前面攻勢振りが目立つが、実際の会議の過程でのバーゲニングや駆け引きの結果、また違った結果見えてくる可能性は当然にある。しかし、現在の情況から考えると五中全会後に、胡温政権が党中央での主導権を確固とする趨勢にあると思われる。その影響は?と考えると色々あると思うが長くなったのでまた今度。

(註1)
「五部门联合召开学习贯彻科学发展观理论研讨会」『人民日報』2005/09/29
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15820/1399599.html

(註2)
「讨论拟提请十六届五中全会审议的文件」『人民日報』2005/09/29
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15832/1400608.html

(註3)
「在庆祝中华人民共和国成立五十六周年招待会上的讲话」『人民日報』2005/10/01
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15841/1401296.html

(註4)
「江系上海市委書記 可能撤換」『中時電子報(蕃薯藤新聞)』2005/10/02
http://news.yam.com/chinatimes/china/200510/20051002243855.html

(註5)
「曾庆红图攻温家宝碰壁」『新世紀』2005/09/28
http://www.ncn.org/asp/zwginfo/da-KAY.asp?ID=65939%20&ad=9/28/2005