呉儀副首相の会談ドタキャン

 来日していた中国の呉儀副首相が小泉首相との会談をキャンセルして帰国したことが、様々な波紋を広げている。つうか、中国側としては波紋を広げさせる為に彼女に帰国を命じたのだろうが。ここに、反日暴動発生以来続いている日中の緊張関係は第二幕の幕を上げたようだ。

 4月に発生した一連の反日暴動は、中国当局の過剰とも思われる取り締まりで収束して行った。中国のマスメディアからは「反日」の文字が消え、デモ首謀者が逮捕や隔離され、ついでに民主化運動家や共産党政権に異議申し立てしている人々まで連行された様だ。また、テレビで流れた中国に留学している日本人留学生のインタビューでは、共青団が学内において学生に対して相当の締め付けを行っているとのいうものがあり、私的には胡錦濤本気だなと思ったものだ。こうした反日デモ取締りの為の一連の動きは、党中央、特に胡錦濤国家主席のグループが党内での主導権を確保していることの現われかとも考えられた(参照)。

 しかしながら、どうもまた風向きが変わってきた模様。

中国:有力紙・中国青年報が「靖国神社のA級戦犯」連載

 【北京・飯田和郎】中国有力紙「中国青年報」は25日、「靖国神社A級戦犯」と題する連載を開始し、初回に「第二次大戦中のヒトラー、ムソリーニと並ぶ『三大ファシズムのリーダーの一人』」の表現で東条英機元首相を取り上げた。同紙は共産党の下部組織で、胡錦濤国家主席の出身母体・中国共産主義青年団の機関紙。A級戦犯14人を順次紹介する。

毎日新聞 2005年5月26日 1時50分

 毎日の報道によると、中国青年報で「反靖国キャンペーン」が開始されている。反日暴動直後の日中友好重視との論調からは微妙な変化が感じられる。ましてや、中国青年報は毎日の記事にもあるように、胡錦濤の出身母体である共青団の機関紙であり、当然その論調や記事の内容は胡錦濤グループの意向が働いている。これを胡錦濤グループの対日政策の転換と見るか、靖国神社参拝だけは止めてくれという悲鳴と見るかを判断するには、これだけではまだ材料に乏しい。胡錦濤としても、対日弱腰と見られれば党内での権力闘争において政敵に攻撃材料を与えかねず、かといって日中関係が停滞するれば、それはそれで外交上の失点ともなりかねない。特に、日本が台湾政策において更に踏み込んで来る様なことがあれば、上へ下への大騒ぎとなることは必定かと思われる。

 呉儀副首相のドタキャン帰国と合わせて考えて見る。このキャンセンルが武部自民党幹事長の訪中時の内政干渉発言や、小泉首相予算委員会での靖国についての発言が引き金になっているとする報道や分析は一見すると上の中国青年報の「反靖国キャンペーン」と整合的であるかとも思われる。これらは中国側の「靖国神社参拝だけはやめてね」というメッセージとも見て取れる。しかしそれだと、呉儀のキャンセルが当初「緊急の公務」と説明されていた点に疑問が残る。これは後に「靖国発言が気に入らない」に訂正されたが。この変化は中共中央内部での何らかの動きを匂わすものとも取れるが、さて?やはり現時点で深入りするには判断材料に欠くようである。

 一方でこのドタキャンが日本内部に対する統一戦線という効果も期待していることは明確かと思われる。このblogでも何度か触れたが統一戦線というのは、「敵を分裂させて、分裂した一方を我が方に取り込む」という中国共産党の革命理論の「三大法宝」の一つである。(他には、「党の建設」、「武装闘争」というものがある)確か毛沢東だかの言葉にも「明日の敵と提携して今日の敵を討つ」という様なものがあったはずである。それを説明したいい記事が某所で紹介されていたので、私もそれを引用する。

新世紀 林和立「中日关系已正式进入冷战时代 原题:胡温借经济牌斗垮小泉 」

林和立「中日関係は正式に冷戦時代へ入った 原題:胡温は経済カードで小泉を叩く」

中日经过副总理吴仪「突然」爽约于日相小泉后,已正式进入冷战时代。现在主要谈中日领导层进一部交恶后,两国关系的走向如何;而很可能出现的「双输」局面对这两个亚洲最重要的国家的将来,以及亚太地区的格局,会带来甚么冲击。

中日は呉儀副総理が「突然」小泉との約束を袖にした後、すでに正式に冷戦時代に突入した。現在主要な中日指導者層が更に対立を深める中、両国関係はどのよう方向に進むのか、また恐らく出現するであろう「lose-lose」な局面が二つのアジアにおける最も重要な国家の将来、さらにはアジア太平洋地域の構造にどのような衝撃をもたらすのだろうか。

用一个政治不太正确的比喻来说,以外事领导小组组长胡锦涛为首的中共外交决策层,已决定用对付「台独总指挥」陈水扁,和在九七年前打压「末代港英总督」彭定康的方法,把日本「新军国主义」始作俑者小泉纯一郎斗垮斗臭。按照中共立国「三大法宝」中最管用的「统战」逻辑来说,北京的目的,是要把火力集中在小泉和他的几个心腹,并极力孤立他们。同时,中国会尽量争取日本国内大多数民众与团体的善意与支援;胡、温领导层会不惜代价地笼络日本商界,灵活地利用中日「热经济、冷政治」的特点,以起「以商压政」之效。的确,去年中国(包括香港)以超越美国成为日本的最大贸易夥伴;而从前年开始,日中贸易中日本第一次享受到顺差。

 あまり正確ではないが一つの政治的な比喩を使えば、外事領導小組組長である胡錦濤を首班とする中共外交政策決定層は、すでに「台湾独立の総指令官」陳水扁に対抗するのと97年以前に「最後の英国香港総督」パッテンに圧力をかけたのと同様な方法で、日本における「新軍国主義」の創始者小泉純一郎を叩くことを決定した。中共立国の「三大法宝」最も効果的な「統戦」のロジックに従えば、北京の目的は、火力を小泉と彼の腹心に集中して、極力彼らを孤立させることだ。同時に、中国は日本国内の大多数の民衆と団体の善意と支援を得ることに力を尽くすだろう。すなわち、胡温指導層は代価を惜しまずに日本の経済界を篭絡し、「政冷経熱」の特徴を宜しく利用して、「以商圧政」(商を以って政を圧す)の効用を上げようとするだろう。確かに、去年の中国(香港を含む)はアメリカを超えて日本の最大の貿易パートナーとなり、また一昨年からは日中貿易において日本は初めて輸出超過を享受し始めている。

吴仪这次出访日本,正是推行胡总在四月大规模反日示威后新笃定的对日方略,即「重经轻政」、「以经压政」。所以这位分管外贸与「经济外事工作」的副总理在日本期间,主要会见工商界翘首,在各大演讲会上,吴大送秋波,以十三亿人口市场为卖点,希望赢取商界对中国的好感。

 呉儀の今回の訪日は、正に胡錦濤が4月にあった大規模な反日デモ後に決定した対日政策、即ち「重経軽政」、「以経圧政」を行うものである。それ故、この外国貿易と「経済外事工作」を担当する副総理は日本に滞在する期間中、主に経済界の首脳と会見し、それぞれの公演会において呉は大いに秋波を送り、十三億人市場というセールスポイントを使って経済界の中国に対する好感を勝ち取ろうとした。

吴仪并没有跟日本的工商大贾谈政治,但她的意思很清楚:要占领中国市场,最好先和小泉及其他自民党的极右分子划清界线。据北京外交消息人士说,今年年初反日示威前,北京已觉得和小泉政府已频临决裂。外事领导小组下面的智囊奉命研究在一九七二年中日建交前,周恩来总理与其他领导人有关如何在日本的民间团体、包括工商界开展统战工作。结果没多少年,由于国际形势与日本民意转变等原因,中国终于打开缺口,与日关系正常化。消息人士说,假如北京与小泉内阁关系真的破裂,很可能两国关系会倒退到七二年前,即主要依赖民间、尤其是工商界的往来来维持关系。

 呉儀は日本の経済界の重鎮と政治について語ることは無かったが、彼女の意図するところは明確だ。すなわち、もし中国市場を制したいならば、一番良いのはまず小泉及び自民党の極右分子と一線を画することであるということだ。北京の外交消息筋によると、今年の初め反日デモ以前に、北京はすでに小泉政権とは決裂に瀕していると感じていたようだ。外事領導小組の下にある知恵袋は1972年の中日国交正常化以前に、周恩来総理とその他の指導者が、どの様に経済界を含む日本の民間団体に統一戦線工作展開していったか、という研究を進めるよう命じられていた。(72年以前においては)結局数年を待たずして、国際情勢と日本の民意が変化したことにより、中国は終に事態を打開し、日本との関係正常化を成し遂げた。消息筋によると、もし北京が小泉内閣と本当に決裂したならば、両国関係は72年段階以前に逆戻りする可能性が高い、それは主に民間に頼った、経済界との往来は維持した関係だ、とのことだ。

胡总之所以对日采取「以商压政」的对策,可能也受到北京最近在对台斗争中尝到甜头有关。在和连、宋及台湾工商巨头的讲话中,胡总与其他高干都大打经济牌;而在台湾经济愈来愈依赖大陆的背景下,北京「卖经济大包」的统战战略,似已开始奏效。过去支援民进党的不少商界头面人物,最近都有「投共」倾向,阿扁则有些被孤立的酸溜溜感觉。当然,北京打经济牌的典范是香港。从当年把死不悔改的千古罪人肥彭打下十八层地狱开始,中共的经济牌、CEPA牌在香港便所向披靡,而特区脆弱的民主派只得无奈地靠边站。

 胡錦濤が対日政策に「以商圧政」を取り入れたのには、おそらく北京が最近台湾との闘争で味をしめたのも関係している。連戦や宋楚瑜、及び台湾の経済界の重鎮との対話の中で、胡錦濤は経済カードを何よりも重視した。そして台湾の経済はますます大陸に依存しているという背景の下で、北京の「経済パッケージを売り出す」式の統一戦線戦略は効を奏し始めているようだ。過去に民進党を支援していた少なくない経済界の大物が、最近皆「投共」傾向にあり、阿扁(陳水扁)が孤立しているの感がある。当然、北京が経済カードを切る典型は香港だ。当時から、死んでも悔い改めない千古の罪人太っちょパッテンを十八層地獄に叩き落し、中共の経済カードとCEPAカードは香港では向かうところ敵無し、そして特区の脆弱な民主派を片隅に追いやったのであった。

(以下略)

 まずは「呉大送秋波」なるキモイ表現を使った作者の林和立氏に対して謝罪と賠償を求めたい。経団連の奥田氏にしなだれかかって秋波を送る呉氏を想像してしまったじゃないか!それは兎も角、この作者の説明の通り、今回の呉儀の会談キャンセルは統一戦線工作という文脈で見ると理解しやすい。政治家に対しては対中交渉の窓口という政治資源をちらつかせ、経済界に対しては中国経済のポテンシャルをちらつかせる。このやり方は作者指摘のように、台湾や香港では大いに有効であった。(それが日本に対しても有効かという考察は、「以下略」以降なされている。興味のある方は原文をどうぞ)

 また、こうした対日統一戦線工作に関して、反日デモ以前の段階で研究されているとの話が出ているのも興味深い。だとすると、中国の党中央では対日関係が悪化して行く事は既に織り込み済みということか。それと、思い返すに、周恩来という人は、国共内戦時には黄浦軍官学校時代の人脈を利用して国民党内部を切り崩すのに活躍するなど、統一戦線工作に関しては泰斗であると言えるかも知れない人であった。統一戦線工作には当然に輿論誘導や宣伝などの工作も含まれてくるかと思うが、対日工作の資料なぞが出できたら面白いことになるかもなぁ。中国の現政権が変わればそういうのも出てくるかも知らないが。

 このネタを料理するにはまだまだ材料が足りないということで、取り合えずはこの辺で。