呉儀副首相の会談ドタキャン(3)

 呉儀副首相ドタキャンに関する新たな報道が流れている。ここで重要なのは呉儀のドタキャンが、彼女の帰国前に胡錦濤と曽慶紅との間で話し合われていたとう部分かと思われる。以前のエントリーでも触れたが(参照1参照2参照3)、このドタキャン事件に関して中国共産党内部での権力関係に何がしかの変化が見て取れるというのは、現在出ている情報から推測できる最大公約数的な見方かと思う。そうした背景の下で今回の報道を見ていくと色々な憶測が巡らせれるが、さて。

Yahoo!ニュ−ス 「胡主席が会談中止を決定 香港誌、副首相の要求で」

台北29日共同】香港週刊誌、亜洲週刊の6月5日号は、中国の呉儀副首相が小泉純一郎首相との会談を中止したことについて、呉副首相から中止の要求を受け、胡錦濤国家主席と曽慶紅・共産党政治局常務委員が緊急協議して中止を決めた、と報じた。中国指導部に近い筋の話として伝えた。

 同誌によると、中国の「鉄の女」と呼ばれる呉副首相は、訪日前から日本側が小泉首相靖国神社参拝や尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権などの問題で「挑発的な言行を繰り返し、耐え難い」として、会談前日の22日、胡主席に電話で会談中止と帰国繰り上げを提案した。

 中国指導部は、日本側の一連の動きは呉副首相訪日に合わせた「入念な策略」と判断。こうした中で会談すれば「反日感情を強める中国国民に釈明できない」として「外交的な非常手段」に踏み切ったという。
共同通信) - 5月29日20時6分更新

 また、ニュースソースが『亜州週刊』かは分からないが、このニュースは台湾の中央社も伝えている。

中央社 「胡曾拍板取消會晤小泉 北京批外交系統誤判 」

PM5M1602.CAP CJP
05/29/05 11:02:45

中央社台北二十九日電)中國國務院副總理吳儀臨時取消與日本首相小泉純一郎會面,至今餘波盪漾。媒體披露中國高層對日外交決策內幕說,這是由吳儀請示,經胡錦濤與曾慶紅緊急商討後拍板,下令她提前返國。北京當局為此批評外交部,特別是駐日使館,未準確拿捏日本政府態度,對中日目前的外交形勢有誤判成分。

「胡曽の裁決によって小泉との会談はキャンセル 北京は外交筋の誤った判断を批判」

中央社台北二十九日電)中国国務院副総理呉儀が臨時に日本首相小泉純一郎との会談を取り消したことは、今に至るまで余波が続いている。メディアの発表した中国高層が対日外交の政策決定の内幕を語ったことによると、これは呉儀から伺いが立てられて、胡錦濤と曽慶紅が緊急協議後の裁決を経て、彼女に指示して予定を繰り上げて帰国させたとのことである。北京の当局はこのことに関して外交部を批判して、特に駐日大使館が不確かな日本政府の態度に左右されたのが、中日間の目下の外交形成に誤った判断を与えた原因だとしている。

 共同通信の記事と中央社の記事を合わせて読むと、今回のこの報道の要点は以下の通りかと思う。

 ・今回の呉儀のドタキャンの最終決定を行ったのは胡錦濤と曽慶紅の会談において
 ・最初にこのドタキャンを提起したのは訪日中の呉儀
 ・今回のドタキャンに関して、中国の内部では外交当局に対する批判の声がある

 胡錦濤グループと政権内では曽慶紅をリーダーとする上海閥の権力闘争については、すでに公然の秘密の様な状態だが、この両者の会談によって既定の外交日程が変更されるというのは穏やかではない。当然この既定の外交日程(小泉首相呉儀副首相の会談)というのは国務院、外交部が決定しているもので、もっと言えばその責任を負っているのは政権を担当している胡錦濤である。一方、曽慶紅は中共中央政治局常務委員で、党=国家体制を敷く中国の権力核心に位置しているが、あくまで立場は党中枢の人間だ(国務院は行政組織)。既定の外交日程を変更するということは外交政策の誤りを認めることにもなり、故錦濤の失策と評価されかねない様に思われる。それが政敵との会談で認めされるというのはかなり致命的なのではなかろうか。このドタキャンの裁決が、外交当局者や外交を担当する国務委員との会談ではなく、曽慶紅との会談で為されたということに注目すべきであろう。

 そこで問題になってくるのが小泉首相との会談前にその中止を中央に進言した呉儀のポジションである。予め曽慶紅の意を受けてこの進言を行ったとすると、胡錦濤を罠に嵌める巨大な陰謀な様なものが見えてくる。これは流石に陰謀論ドップリな感じだが。もう一つの可能性としては、中国の内部で高まっていた「対日融和政策」批判(甚だしきに至っては一部の軍内グループのクーデターなどという説まである)を受けて、胡錦濤に直接泥を被せない様に呉儀からの進言で今回の外交日程を撤回するという形にしたというものだ。呉儀という人は、朱鎔基や温家宝と近いという国務院系統の人のようであるから、この可能性の蓋然性が一番高いのではないかと個人的には思う。だとすればこの人は中々の胆力の持ち主かも知れない。あとの可能性としては、普通に天然にドタキャンを進言したら党内がえらいことになっちゃいましたというものだが、つまらないのでこの説は取りたくない(笑)。

 何れにせよ、この騒動で一番のとばっちりを受けているのは駐日大使の王毅じゃなかろうか。駐日大使館が北京の当局から批判を受けているとのことであり、他人事ながらこの人の将来が心配だ。ひょっとしてこの人の政治的キャリアは中共内部の権力闘争と日中関係の悪化を受けて終わってしまうのではなかろうか。

 それはまあいいとしても、今回の権力闘争を通じて見て取れるのが、自らの正当性を奪取する為のイデオロギーの解釈権を巡る戦いと、それを訴えるためのプロパガンダ合戦という構図だ。どこかで見たことがあると思う方も多いと思うが、そう、文化大革命期の権力闘争の構図だ。あれもイデオロギープロパガンダが乱れ飛び、軍隊まで乱入してわけわかめな状態であったが、現在の情況は特に文革最末期の勝g小平VS華国鋒の権力闘争に似ているように思う。毛沢東思想の解釈を巡る「事実求是」と「二つの全て」の対決やね。現在の情況ではそれが「愛国主義」と「反日抗日」というイデオロギーを巡って、自らの権力の正当性を確立せんとする闘争というふうに見えるのだ。独裁国家では、こうした「神聖不可侵」なイデオロギーの解釈権を手に入れるというのは、政敵の死命を制したに等しい。後は相手に「反動」の烙印を押して、政治的に抹殺するのみとなるからだ。

 文革期の権力闘争はネタとして面白いのでそのうち書くかもしれない。馬立誠の『交鋒』とかあったと思ったが、どこ行ったけ?