抗日戦争勝利60周年記念大会にまつわる政治力学

 9月3日に行われた中国の抗日戦争勝利60周年記念大会に関する評論などをつらつら読んで見ると、中国共産党の唱えるお経部分を除くと注目すべき点は以下の三点に絞られるかと思う。(1)胡錦濤との対立が囁かれる江沢民の動向、(2)胡錦濤は国民党が抗日戦争で果たした役割を評価、(3)靖国参拝を牽制。それ
ぞれに関する報道などをメモしていきたい。

江沢民は未だに健在

 時事通信の報道によると9月3日に行われた抗日戦争勝利記念式典に際しての胡錦濤の演説を一面で報道した4日付けの『人民日報』における出席者の序列で、公職から退いた江沢民が序列二位で紹介されたとのこと(註1)。『人民日報』を眺めて見ると、「午前10時、胡錦濤、、江沢民呉邦国温家宝賈慶林、曽慶紅、黄菊、呉官正、李長春、羅幹などの領導同志と十名の抗戦老戦士、愛国人士、抗日将領はともに会場入りし(略)」と書いてある(註2)。中央政治局常務委員の九名+江沢民で「領導同志」というわけで、その中でも江沢民胡錦濤に次いで序列二位で紹介されている。公の場に姿を表したことと合わせてその健在振りをアピールしたかたちだ。時々流れる健康不安説ってなんだったのよ?呉邦国賈慶林、曽慶紅、黄菊、李長春と自身に近い人物を政治局常務委員にねじ込んでることに加えて、まだまだ安泰?こうした江沢民の序列二位というのは中共の党元老が死亡した際の訃報でも観察できるようだ。ある分析によれば、こうしたやり方というのは江沢民が総書記の時期に訒小平が政治局常務委員の前面に序列されていたのと同じだという(註3)。総書記を退いてからも中央軍事委員会の席は中々に手放さなかったことといい、どうも江沢民訒小平の顰に倣うのが好きなようだ。これが意味するところは中央政治局に自身の政治的な影響力を残したい、或いは訒小平のように胡錦濤の次の総書記を指名する権限を担保したいとの思惑か。キングメーカーとしての影響力は即ち自身の求心力であるし。十六期中央委員会第五回全体大会(五中全会)を前にして、政治局内の路線対立、権力闘争の可能性が言われている時期だけに、江沢民の影響力の健在ぶりは様々な憶測を呼びそうである。

(註1)「江前主席、今も序列2位か=肩書なくても扱い異例〓中国人民日報」『時事通信Yahoo!ニュース)』2005/09/04
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050904-00000036-jij-int
(註2)「纪念中国人民抗日战争暨世界反法西斯战争胜利60周年大会在京隆重举行」『人民日報(人民網)』2005/09/04
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15619/1382011.html
(註3)邱鑫「五中全會前 人民日報文章只提三個代表」『亜洲時報』2005/08/17
http://www.atchinese.com/index.php?option=com_content&task=view&id=5174&Itemid=28


台湾に対する心理戦?国民党の貢献を評価

 また胡錦濤は抗日戦争勝利記念式典の演説で国民党が果たした役割を評価し、民族の団結をアピールしている(註4)。こうした動きは抗日というイシューを利用した台湾の親中意識の掘り起こしという点で「また統一戦線か!」(中国語で言うと「又搞統戰啊!」つうのか?)と流しそうになるが、この動きはこれまで中共が積み上げてきた「抗日神話」と相反する動きである。彼らはこれまで中国共産党こそが抗日戦争の中心勢力であり、国民党は東北(旧満州)から軍を引き上げるは、日本の侵略が迫っているのに「掃共」と称して共産党を弾圧して国内を分裂させるはろくなもんじゃねぇ!というような主張をしていた。台湾での評価と言えば、国民党が苦労して抗日八年を戦っている時に共匪は後方でせっせと自分の根拠地作りか!何が八路軍、新四軍だ氏ね!というのがその評価であった(かなり要約)。それがここに来てこの演説である、当然に様々な憶測を呼んでいる。

 以下、私的妄想。そもそもこうした話が出てくるのは4月に連戦が訪中してからの「国共合作路線」の存在を無視できない。この中で胡錦濤は「平等な対話と、コミュニケーションを強化し、共通認識を拡大する」とした。こうした「第四次国共合作」路線を主導したのは香港紙などの報道では劉亜州ではないかと言われている。彼は春先の反日デモ騒動の際には指導部の対日姿勢が弱腰に過ぎると強烈な圧力をかけて対立し、訪日中の呉儀副首相の突然の帰国などなど、中国の権力核心周辺でかなり危機的な状況が存在したのではないかと言われている。それがここに来て、抗日戦争時の国民党の貢献を評価するという胡錦濤演説に象徴される「国共合作路線」の推進という点では、彼らの行動は軌を逸にした。そもそも劉亜州は台湾に対しては軍事的オプションを用いるよりも心理戦的なアプローチでその中国への支持を得るべきだという考え方のようだ。そうなると「反国家分裂法」の制定や朱成虎の「核攻撃してでも米の介入を阻止する」(『動向』のウェブサイトを見てたら「核狂人」朱成虎とか書いてあってワロタ)という発言に代表される対台湾強硬派との温度差のようなものを感じざるを得ない。対外的に影響の大きな政策については中国も事前に日米などに「説明」することもあるのだが、「反国家分裂法」に関しては外交筋は日本側からアプローチしても沈黙していたというような話をどこかで読んだ。対台湾強硬派の影響力の大きさを示すエピソードである。軍内の路線対立と、党中央の権力闘争をあわせて考えるとき、今回の件はもう少し深く考察する必要がありそうだ。

 妄想の材料になりそうな評論が『亜洲時報』に載っていたのでご紹介までに。この文章は要約すると、今回の抗日戦争時の国民党の役割に対する再評価というのは、8月15日に『人民日報』に発表された「中國共產黨是全民族團結抗戰的中流砥柱」(「中国共産党は全民族の団結抗戦の要」)という文章と趣の異なることに注目している。「三つの代表」を強調しているこの「江沢民の色が濃厚」な文章では、国民党を「抗日救亡の民族の情熱を極力抑圧した」としている(註5)。8月中に行われた抗日戦争展の展示には国民党の貢献を評価した展示があり、それがある向きの不満を買ったという話もある。一方で、8月26日に行われた中央政治局の集体学習において、胡錦濤は「大いに中華の子女の大団結を確固とし強化する」、「偉大な中華民族の復興の実現に奮闘する」、「和平、発展、協力、旗幟を高く掲げる必要がある」と指摘した。尚この学習は抗日戦争の思考と回顧という内容も含んでおり、それが党中央の一部の不満を引き起こしたという(註6)。

 なんでも権力闘争のネタに持っていくのは中南海ウォッチャーの悪い癖だが(その方がおもしれぇし)、台湾政策、抗日戦争時の国民党の貢献に対する再評価、党中央の不協和音、という線で見ていくと、今までに見えてなかった構図も見えてくるかもしれない。

(註4)「<抗日記念式典>胡主席が国民党軍賞賛 民族団結をアピール」『毎日新聞Yahoo!ニュース)』2005/09/03
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050903-00000058-mai-int
(註5)馮良「胡錦濤指國民黨負責抗戰正面戰場:一石三鳥之舉」『亜洲時報』2005/09/03
http://www.atchinese.com/index.php?option=com_content&task=view&id=6435&Itemid=28
(註6)馮良「抗戰論述引發中共高層互動:胡錦濤安撫老軍人」『亜洲時報』2005/08/28


大祭りの予感?

 報道によれば、「中国の胡錦濤国家主席共産党総書記)は3日の「抗日戦争勝利60周年」記念式典で「日本の政府と指導者は真剣で慎重な態度で歴史問題に善処し、侵略戦争に対する『おわびと反省』を行動に移すことを希望する」と述べ、小泉純一郎首相が靖国神社参拝を継続しないようけん制した」とのこと(註7)。また胡錦濤演説を世界のメディアはどう伝えたかという『人民日報』の9月5日の記事では日本の主要メディアの見方として、『朝日新聞』を引用して、今回の演説を日本の指導者が靖国神社に参拝することを厳しく批判すると同時に、中日関係の重要性を強調するものだと伝えている(註8)。

 日本での衆議院選挙の結果を待たなければならないが、小泉首相靖国神社の参拝を示唆しており、胡錦濤の面子丸つぶれの予感なのだが。従来こうした靖国神社参拝への牽制と、日中関係の重要さを強調という二本立ての発言というのは、靖国神社参拝を中止すれば日中関係を大幅に改善させるというシグナルだとの解釈が一般的だったかと思う。しかし、小泉首相は中国側のそうしたシグナルを無視して毎年靖国神社を参拝してきた。「やるなよ、絶対やるなよ」→敢えてやる→ドッカーンというパターンはお笑い芸人なら黄金パターンだが、胡錦濤がそうしたユーモアを解しているとは思えない。五中全会を前にして自らの指導力を問われるイシューでの決定的なカードを、よりにもよって小泉首相に握られているとうのは気分の良いものではないだろう。3月、4月の反日デモが行われた時期の中国の権力内部での対立というのはかなり危機的だったのだ。中国の政治日程と権力闘争の激化の可能性ということを鑑みると、8月15日の参拝を避けて温存した「靖国カード」の破壊力は更に強力になってる感じがする。胡さん、ひょっとしてマゾか?というよりも、日本が関わる重要な演説でこの問題に触れないことは、対日弱腰という批判を避けるためにはすでに不可能なのだろう。そもそも「靖国問題」を両国間の懸案事項にしたのは中国なのだから、まあ頑張って下さいとしかいいようがない。しかしながら、首相の靖国神社参拝がどういう事態に発展するかは全く予測不能だ。個人的には昨今の情勢を鑑みるに、3月、4月を超える大祭りに発展する予感がする。

(註7)「<抗日戦争式典>胡錦濤主席、小泉首相靖国参拝をけん制」『毎日新聞Yahoo!ニュース)』2005/09/04
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050903-00000061-mai-int
(註8)「国际社会高度关注胡锦涛讲话」『人民日報(人民網)』2005/09/05
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15627/1382660.html