『〈鬼子〉たちの肖像 中国人が描いた日本人』

「鬼子」(グイヅ)たちの肖像―中国人が描いた日本人 (中公新書)

武田雅哉、『〈鬼子〉たちの肖像―中国人が描いた日本人』、中央公論新社、2005年

 ネタのレパートリーを増やそうかと思い書評の真似事などしてみようかと思う。というか、書評というほどのものでなく読書記録というか、感想文程度のものだと思っていただきたい。

 さてこの『〈鬼子〉たちの肖像 中国人が描いた日本人』であるが、タイトルからするとおどろおどろしげな日中戦争期に日本軍人がどう描かれたかというような内容かと思われるかも知れないがさにあらず。いや、間接的には関係しているのだろうが、直接的に書かれているのは日清戦争前後の『点石斎画報』を主とする画報において日本人が如何に描かれていたかというものである。画報とは何か?本文から引用すると「画報とは、図像と文字テキストをともなったメディアである。」とある。ようするに絵入りの新聞のようなものである。筆者はそこに描かれる日本人の図像から、東洋鬼子、日本鬼子のイメージが如何に形成されてきたのか、引いては中国的な世界観の中で人とはなにか、異人・鬼子とはなんなのかを考えていこうとする。華夷秩序によって形成される中国人の世界観では、中国人こそが「人」であり、それ以外の異民族は「人ならざるもの」つまり「鬼子」として認識される。そこはそれ中国の礼教を身に付けている夷狄はおまけとしてより人間らしく描いてもらえるという特典もあるのだが。図像の中でこの「人」と「鬼子」というの実にネガとポジの関係のように対照的に描かれるのが興味深い。

 まあそんな堅いことを抜きにしても、この『点石斎画報』に載ってる絵だけを眺めても楽しい。列国の外交官という図の中で何故か着流し風に厚ぼったいどてらの様な着物をきているちょん髷の日本人外交官、商家の若旦那という風情の様子で水泳を見物する天皇、仁丹の看板そのままの日本軍の将軍、などなど突っ込みどころ満載の図像がたっぷりと紹介されている。また絵の構図やら細部の日本人の表情なども日清戦争期の報道とそれ以外の平和な報道での差異が興味深い。近代の出来事が伝統的な図像の様式美の中で再現されることの面白さのようなものもある。日本での明治時代の錦絵などに通じそうな面白さである。この『点石斎画報』、なんとリプリント本として『点石斎画報』(広東人民出版社、1983)、『点石斎画報』(大可堂、2001)があるという。はっきりいってこれは欲しい!物凄く欲しい。このリプリント本には版によって生じる中々に興味深い問題があるのだが、それは本文で確認していただきたい。

 また日頃、中国の新聞などを読むのを趣味にしてる人間からすると、『国際先駆導報』や『環球時報』などに出てくる悪い意味での日本人のステレオタイプのご先祖様が、すでに清朝末期には登場してるところに微苦笑をさそわれる。あー、もうこの頃からやってるのかあ、ひょっとして伝統芸能かなんかじゃないんだろうか、と思ってしまったよ、私は。(まあ「華夷」という見方からすれば当たらずも遠からず。)しかしまあ昨今のあれらは、三国志演義に出てくる南蛮諸将のように鱗があるとか、頭から角が生えてる見たいな描かれ方をしていない分ましなのかも。

 巻末の著者略歴をを見たら『よいこの文化大革命』なる著書が。これは読まねばなりますまい。