農民の「反乱」現象についてあれこれ

 最近になって報道が増えてきてる中国の集団抗争事件、特に農村のそれは多くの人の耳目をひきつけていると思われる。ネット上に溢れる言論などを眺めるに、或いはかつての王朝の様に、或いはかつて中国共産党が天下をとったように、農民の「反乱」が中国分裂の魁となるという様な議論が多く見られる。歴史的な視点から今日の中国を眺めようというのは必要な視点であるとは思うのだが、どうもその多くが「願望」としか思えなかったり、マスコミの主導するセンセーショナリズムに毒されているようにも思う。中共中央が統治能力を喪失して、やがて中国が支離滅裂な分裂状態に陥る、という考察をするのはよいのだが、そのロジックは提示されてもいいはずだ。あまり説得力のある話はマスコミ媒体に登場するネタでは見受けられないのだが。

 私個人的には今後、中共中央の統治能力が低下するというのはあり得ることだと考えているのだが*1、それが国民国家としての中国の分裂に繋がるか、という点には踏み入る勇気がない。それを議論するのは取りも直さず、清朝崩壊以後の中国がたどった国民国家化の歴史をどう評価するかということであり、現状の中国が国民国家としての要件を備えているのかどうかを評価することになる。はっきり言ってそんもんを評価するのは私には無理だ。

 また、中共中央の統治能力が低下(あるいはそれは党−国家体制の再編という事なのかも知れない)が即、分裂をもたらすと結論づける前に検討しなくてはいけないシナリオは山ほどあるだろう。後共産主義国家という点に鑑みれば、東欧や旧ソ連圏、発展途上国という点に鑑みれば、東アジア、ラテンアメリカ、などの諸国との比較は有意義なもであろうと思われる。*2

 などと最近つらつら考えていたのだが、ちょうど農民の「反乱」現象について書いてある面白そうな資料が手元にあったのでそれを元に何か書いてみようと思い立ったわけだ。興味のある方は何かの考える材料にでもして頂ければさいわいだし、異論がある方はコメントに反論など書いてもらえば幸いである。何よりレスポンスがあると筆者もヤル気がでるのです。ぶっちゃけ最近、ブログにも飽きてきてたしw(筆者睡眠の為、後段は次回) 

*1:詳しく述べると長くなるので省くが、Adam Przeworski,Democracy and the market,Cambridge University Press、の民主化移行の議論など参考になるかと

*2:実際、比較政治学などの分野ではこうした諸国の政治変容を考察するに際しての方法論は洗練されてきている。最も、「民主化」というイシューは多分に政治的なものなのでそれは意識する必要はあるだろうが。旧来、地域研究の領域とされる分野にも政治学社会学、経済学などの訓練を受けた人たちが意欲的に乗り込んできているようで、地域研究はインターディシプリンな学問だ、などとえばっていると、最近の洗練化されつつあるディシプリンごとの方法論を身に付けた専門家にやられますよ、という話である。最も研究の細分化は容易にタコツボ化しやすいので弊害もあるが。まあそういうのを考え悩むのはもっと頭の良い人の特権である。

ぼちぼちと

 ぼちぼち更新を再開していこうかと思う。本業の方は1月の頭に無事終了したわけだが、その後暴飲暴食を繰り返してしまい今に至った。むしゃくしゃしてやった。今は反省している

 個人的な理由と、ちょっと思うところあってこちらは中国観察を中心に更新して、従来の方に適当な時事ネタとか、雑談とか、を中心に更新して行こうかと思う。多少芸風が変わるかも知れないがただでさえ物凄く数少ない読者の皆さんは見捨てないでご贔屓にお願いします。それと、こちらに移ってから更新した分を削除した部分もあるので、せっかくコメントを寄せてくださった方、申し訳ありませんがコメントも一緒に削除してしましました。お許し下さい。

 過去更新分の文字化けしてる中国も地道に直さなきゃとも思うこの頃です。

中国ヲチの方法論

何となく中国ヲチの方法論などメモ。

派閥主義アプローチ

ここではある指導者とその政治的な支持者間の私的な人間関係を中心としたネットワークを派閥と定義する。

こうした派閥は弾力性を有しており、何かしらの巨大で正式な組織に属しているわけではない。またある派閥のリーダーは、同時に別の派閥のリーダーの支持者であるということもあり得る。

地区ごと、機構ごとに分散した派閥の人的ネットワークは地縁、バックボーンとなる組織、閨閥、自身の支持する路線、イデオロギー等によって形成される。派閥のリーダーと支持者個人は両者のコミニュケーションを通じて協調している。派閥のリーダーと支持者は利益と労務の交換を軸にした忠誠関係で結ばれている。Andrew Nathanはこの関係を「clientlist tie」と呼んだ。

統治エリートの相対的な影響力、彼らの官僚体制、軍部に対するコントロール能力は、彼らの間の私的な人間関係によって決定される。中国の指導層に出現する派閥関係は、この種の人間関係を基礎に形成されるて来た。

こうしたモデルを基にした分析は指導層相互の動き、指導層の意志から全てが出発しているとして、経済的、社会的な要因を軽視しているとの批判もある。

官僚機構アプローチ

中国の統治機構の核心は巨大な官僚機構であるという核心から出発する。

情報の流れ、予算、人事を巡る権力の所在や抗争、機構内部の上下関係、資源の分配を巡る組織間の抗争など、官僚機構モデルを使って組織に注目して分析する。


上述の二つのアプローチは相互に影響しあっていると思われる。ある派閥間の闘争においては、影響力をそれぞれの官僚機構に及ぼし、その支持を獲得するということになろう。その意味である組織の人事の動きなどに注目して一つの官僚組織をある派閥の支持者と見なすのは派閥主義アプローチと官僚機構アプローチの融合的な見かたか。

何となく中国的なこういう人間関係のネットワークを中心にした派閥の形成というのは、科挙制の下での官僚の人間関係のネットワークを思い出させる。その意味で歴史的アプローチというのもあるかも知れない。


これらの枠組みで中共権力のヲチに関するキーワードを抜き出していくと、地縁、閨閥、バックボーン組織、路線、イデオロギー、情報の流れ、予算、人事、資源配分などになる。これらの要素の相互作用と、党の政策や方針のもとで、ある指導者、ある官僚組織の間でそれがどのように受容され、どのように抵抗されるのか、というのをヲチするのが中共権力ヲチの基本的な嗜みとなるだろうか。

これに加えて経済的、社会的な要素が加わってくると更に複雑な様相を呈してくる。最近の中国研究は、ディシプリン的な傾向が強くなって来ていて、こうした伝統的な地域研究のアプローチも複雑化、深化してるので、こうした社会的な要素を変数として加えるのは頭の痛い話しかもしれない。

参考文献:毛里和子『現代中国政治』、Flemming Christiansen『中國政治與社會』(中文訳)

胡錦濤は中央政治局の主導権を掌握か

 目下の中国政治の焦点である十六期五中全会は10月8日から11日までの開催と決定した。また、10月上旬にはロケット神船六号の打ち上げが予定されており、それに合わせて、五中全会で決定される大十一次五カ年計画の開始を「中国の科学技術の全面勝利」とかいって大々的に祝うとともに国威発揚に努めることであろう。

 五中全会で政治的に注目される点などを列挙してみる。

●次の五カ年計画である「第十一次五カ年計画」がどのような原則、思想のもとで策定され、それが実際の計画にどの程度反映されるか。
●閉幕時に発表される会議コミュニケの内容。コミュニケが「五中全会の認識」というコンセンサスを現し、それは今後の「統一された全党の思想」を体現することになる。
●人事。特に焦点は事前に色々と情報の出ていた上海市党委員会書記に関する人事の動向。
●上述の動きの中で観察される党軍関係(政軍関係)、中央と地方の関係。

 これらを通して胡温指導部がどの程度の権威を確立できたか、また政治的な敵対者の動向などが浮き彫りになるかと思う。


第十一次五カ年計画は胡錦濤の唱える「科学的発展観」、「和諧社会建設」が前面に

 前回も触れたが(参照)、事前に流れてくる情報などを見ていると次期五カ年計画である第十一次五カ年計画は「科学的発展観」、「和諧社会建設」という胡錦濤色の濃い線で草案が策定されている。こうした動きの背景は、以前引用した(参照)中央党校副校長・王偉光の発言に要約されると思う。曰く、「指導的幹部の発展観念の問題を解決するのが先ず重要な任務である。」この発言は、経済成長率至上の経済運営と、より均衡のとれた経済発展を目指す経済運営との路線対立を暗示している。単純化して言えば、前者の路線を擁護しているのが上海閥に代表される江沢民系列の勢力であり、後者の路線を推進しようとしているのが胡温指導部と言えるようだ。最もそれらの勢力との直接的な人脈関係や、利害が無くとも自らの利益を極大化するために一方に与したり、また別のイシューとの関係で一方に与したりとう行動も有り得るので、そう単純に色分けできるものでもないだろうが。

 それはともかく、そうした路線対立というか、発展観をめぐる対立というのはこれまでなされた様々な報道によって裏づけされそうである。五中全会に関わる中国国内でも胡温指導部がこの発展観をめぐる争いで主導権を掌握していると思わせる報道がなされている。『人民日報』の9月29日付の報道によれば、中央宣伝部、中央政策研究室、中央党校、国家発展改革委員会、中国社会科学院の五つの関係部門による「科学的発展観」理論の学習を貫徹する研究会が開かれたとのこと。ここではお馴染みのタームがちりばめられているが、中でも注目すべきなのは、「『科学的発展観』は我が党が新世紀の新段階に至ったてから党、国家事業の全局面における発展の出発点となる重要思想であり、訒小平理論、三つの代表という重要思想を発展継承したものである」としている点である。党の理論的、政策的、イデオロギー的な正当性を付与するシンクタンク機関とイデオローグ機関が「科学的発展観」を訒小平理論、三つの代表という訒小平時代、江沢民時代を体現するイデオロギーと同格の「重要思想」として並べられたことは、胡錦濤が党内における権威を確立しつつあることの証左と考えられる(註1)。またこうした動きのシグナルは五中全会の日程を決定し、第十一次五ヵ年計画の草案に関して意見を求めた胡錦濤主催の29日開催の中央政治局会議においても見られる。この政治局会議を報道した『人民日報』の記事から引用する。「現在の国際形勢は引き続き重大な変化が生じている、我が国は小康社会の建設を全面的に進める時期に入った。今後五年間、我が国経済社会の発展には多くの有利の条件があるし、また少なくない困難と問題に直面している。我が国経済社会の早期のそして良好な発展を実現すべく、我々は訒小平理論と三つの代表という重要思想を指導原理として堅持し、全面的に科学的発展観の実行を貫徹しなければならない。党執政興国の第一の任務の発展を掌握し、経済建設を中心とし、発展と改革を通して前進中の問題を解決することを堅持する。「人民を以て根本と為す」ことを堅持し、発展観念を転換させ、新たな発展モデルを創造し、発展の質量を高め、「五つのすべての計画」を実行し、的確に経済社会の発展を全面的で協調的な持続可能な発展軌道に転換する必要がる。」とされている(註2)。前半部分の訒小平理論と三つの代表云々というのはお約束のお経部分であるが、後半の太字部分は注目に値する。ここで言う発展観念というのは正に経済成長率至上主義の江沢民時代と、「和諧社会建設」という均衡的な経済発展を目指す胡錦濤時代との明確な違いを暗示している。更には10月1日の「国慶節」に際しての温家宝の重要講話の中にも、上述の内容と符合するタームを基調とする演説が行われている(註3)。


注目人事、上海市党委員会書記の動きは?

 さて、注目の上海市党委員会の人事であるが、ここでも胡錦濤に有利かという報道がなされている。台湾紙『中国時報』の電子版である『中時電子報』経由で知ったのだが、『The Wall Street Journal』と多維新聞社が現上海委書記市党・陳良宇は交代する可能性があり、後任人事の候補には現統戦部長である劉東延が含まれるという(註4)。陳良宇は江沢民系列の人物と知られる。また、上海市党委書記の人事は江沢民以来、江沢民、朱鎔基、呉邦国、黄菊、陳良宇と上海市長からの繰り上がりでなされてきた。それが、例えば劉東延のような落下傘人事で上海市党委書記の人事が決まるとすれば、いわゆる上海閥の影響力の低下の表れと評価されるだろう。

 また上海閥の影響力と言う点で言えば、最近の曽慶紅に関する報道なども興味深い。香港誌の『動向』九月号に載った記事の転載記事によると(註5)、曽慶紅は五中全会計画準備小組の組長の任に当たっていたのだが、8月15日に政治局に提示することなく、また小組の一致した意見を得ることなしに省級党委の常務委員、中央委員、中央委員候補に対して文書を発した。この文書は、各省と中央の各部、各委員会に対して彼らの経済、金融、医療衛生、社会保障、国有企業などの改革について意見を求めるものであった。これは、政策の意見聴取に名を借りた温家宝に対する政治的な攻撃である。事実、6、7月以来、地方の江沢民系列の省委などから主にマクロコントロールに関して不満の声が上がっていた。曽慶紅の8月15日時点でのこの文書下達はその流れの中で出てきたものだが、この動きは中央政治局、党元老の質疑を受けて頓挫し、曽自身「党性が十分ではなく、政策決定の上で重大な粗雑さがあった」と自己批判するに至った。特に名前が挙がっている曽慶紅の批判者は、中央書記処が曽慶紅事務所になっていると批判したと言う、徐才厚と何勇、また中央政治局に曽慶紅を叱責する意見を寄せた党元老としては、喬石、宋平、李瑞環、尉建行などとのこと。この動きは以前にニューヨークタイムスに載った「胡錦濤と曽慶紅の同盟」という記事と関連があるのだろうか。彼の転向を印象付ける記事であったが。いずれにせよ二つの報道見る限りにおいては、政治局における上海閥の元締めとしての影響力を失ったと考えられるが。さて、どんなもんなんだろうか。

 どうも現在のところ胡錦濤の前面攻勢振りが目立つが、実際の会議の過程でのバーゲニングや駆け引きの結果、また違った結果見えてくる可能性は当然にある。しかし、現在の情況から考えると五中全会後に、胡温政権が党中央での主導権を確固とする趨勢にあると思われる。その影響は?と考えると色々あると思うが長くなったのでまた今度。

(註1)
「五部门联合召开学习贯彻科学发展观理论研讨会」『人民日報』2005/09/29
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15820/1399599.html

(註2)
「讨论拟提请十六届五中全会审议的文件」『人民日報』2005/09/29
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15832/1400608.html

(註3)
「在庆祝中华人民共和国成立五十六周年招待会上的讲话」『人民日報』2005/10/01
http://www.people.com.cn/GB/paper464/15841/1401296.html

(註4)
「江系上海市委書記 可能撤換」『中時電子報(蕃薯藤新聞)』2005/10/02
http://news.yam.com/chinatimes/china/200510/20051002243855.html

(註5)
「曾庆红图攻温家宝碰壁」『新世紀』2005/09/28
http://www.ncn.org/asp/zwginfo/da-KAY.asp?ID=65939%20&ad=9/28/2005

中国農村の歴史的な因果は巡る

 国家権力が郷村社会をその勢力範囲に包摂しようとする過程において、国家の財政が直接に郷村社会をコントロールするための官僚隊伍を支えきれないことから、国家は郷村社会に低コストの代理人を求める必要がある。しかしながら、国家の代理人の権力は異化して(国家権力を利用した農民の搾取)農民の反抗をもたらす。農民が依拠する力は「権力の文化的ネットワーク」によって組織される村民横断的な組織による。こうして一見すると強大なように見える国家も、却って自らを弱体化(国勢の衰退、財政不足、制度の弛緩など)させるようになり、やがて郷村社会のサボタージュ、更には反乱をコントロールできなくなる。

杜賛奇(Prasenjit Duara)、『文化,权力与国家-1900-1942的华北农村』、浙江人民出版社、1996年より

 上述のものは20世紀初頭の華北農村において、農村社会の政治、経済の変遷を国家権力と村落権力の相互の動き、或いはゲームを通して観察したDuaraの研究であるが、どうも現代においても中国の村民自治や、農村における抗争事件などを眺めていると思い当たる節があって興味深い

 人民公社解体後の村民自治導入の試みは正に農村社会に生じた権力の空白を埋める、国家による農村社会への権力の浸透ではなかったか。村民自治という国家にとって低コストな権力の浸透は、自治という手段によってリクルートされた国家権力の代理人を形成している。そして、その国家権力の代理人は農民を搾取する方向へと向かう事例も頻発している。兼併とか言ってみる。結果としてもたらされるのは国家権力の弱体化なのだろうか?うひょひょひょひょ。

 以前触れた(参照)台湾の大陸委員会が発表した「近期中國大陸群體性抗爭事件分析報告」というレポートの原文がウェブ上で見られるようになったので、要約文などを訳してみた(註1)。

一、去年一年で中国大陸で発生した抗争事件は七万四千件に及ぶ。報道を整理すると、今年の年初から6月12日までに、全中国大陸で全部で九十二の地区で341件の組織的な集団抗争と規模の大きな武装抗争事件が発生している。その中でも一万人以上の規模のものは17件、五千人以上の規模のものは46件、千人以上の規模のものは120件である。死傷者は1740名、その中でも死亡者は102人に上る。公安、武装警察、地方幹部の死傷者は484名、その中でも死亡者は55人に上る。直接的な経済損失額は340〜400億人民元と見られている。

二、中国大陸で集団抗争事件の発生に至る主要な原因は次の通り。農地の徴用、農民労働者の給与不払いの累積、都市の住居移転、貧富の格差、都市の失業、腐敗、幹部の素質が低い、民間での権利擁護意識の高まりなどの問題である。中国社会科学院の「2004〜2005年社会形勢分析と予測」と題する研究の指摘によると、目下、中国大陸で農地の徴用によって土地を失った農民は四千万人前後に上る。同時にまたこの失地農民は毎年約二百万人の速度で増加している。しかしながら、地方政府が失地農民に提供する就業措置は減少している。こうして失地農民は新たに最も困難に直面する社会集団として形成されている。矛盾と衝突はこうして現出している。

三、この外にも、中国社会科学院が去年の12月中旬に発表した「2005年社会青書」(「2005年社会蓝皮书」)というレポートの指摘によれば、去年の都市住民における収入格差の拡大傾向は未だ有効に抑制されていない。予測によれば2005年の最も裕福な10%の家庭と最も貧しい家庭10%の一人当たりの可処分所得の格差は8倍を超える。富が少数の者に集中している状況は日々明らかになっている。またこのレポートは、現在、中国大陸の都市部では毎年二千四百万人の新たな労働力が増加していると指摘している。しかし、毎年新たに増加する雇用は最も多くて九百万人前後である。労働力の供給が需要を上回る現状の矛盾は突出している。

四、世界における経済発展と社会の変化の一般的な法則からいって、ある国家の一人当たりGDPが1000米ドルから3000米ドルに上昇する過程で、構造調整と社会変容によって分配が均衡を失う、道徳基準の喪失、失業率の増加、社会秩序の問題などを引き起こしやすい。こうして社会問題が頻発する時期を迎える。中国大陸は現在、正にこの段階にあり、ある者は発展の黄金期と描写するが、同時に矛盾が突出する時期でもある。中国大陸は「危険性のある社会」、もしくは「高い危険性のある社会」に突入した。

五、中共当局は目下のところ、危機に対処する心持で民衆層の続発する集団抗争事件に当たっている。去年の11月28日、中国大陸の三十近くの都市の市長と関係部門の官員などが広州において「突発事件への対処と危機の処理」に関する研修を受けた。中共中央の関係部門は矛盾整合のメカニズム、情報警戒のメカニズム、応急対処のメカニズム、責任追及のメカニズムを含む集団抗争事件を処理するメカニズムの建設を強化しようとしている。

六、中国大陸の民衆による集団抗争という問題を引き起こしているのは、民主的なメカニズムの欠如であり、法律による保護の不足がもたらしている。中国大陸がもし「制度の構築」から手を着けることをせず、社会における集団抗争事件を突発的な「危機」として処理するならば、一度民衆が胡温政権が積極的に作り上げた「弱者重視」の理想の希望が潰えたとき、中共当局は社会全体に対する掌握力は最大の挑戦に直面する。


 大陸委員会のレポートは流石によくまとまっていると思う。そして、こうした農地の徴用に際しては村落レベルの国家権力の代理人による不正や権力の濫用が頻発していることも合わせて指摘しておこう。歴史を振り返るに中国は明朝以来、人口の爆発的増加によって生じた人口と可耕地の不均衡、それによって生じる潜在的な失業者の問題に悩まされてきた。社会体制はやがて富の偏在を生み、土地資源の富裕層への集中が起こり(兼併)、失地農民は流民化し、社会は不安定化する。基層幹部はかつての郷紳であろうか?胡温政権が和諧社会和諧社会と唱え続けるのもむべなるかな。彼らは彼らなりの危機感を持っているのだろう。しかし、上のレポートでも触れられているが、この問題を抜本的に解決しようと思えば中国共産党の独裁権力のあり方にも踏み込まざるを得なくなるのは明確だ。中共中央の指導者たちは中共権力の堅持を選択するのか、社会の安定を選択するのか、これはこれで見物である。

 例の広東省大石村ではまた新たな動きがあったようだが(註2、参照:『朝日新聞を読む』)、こうした実例を見るにつけ、中国がこの歴史的な構造から抜け出すには中々に大変ですな。

(註1)
大陸委員会「近期中國大陸群體性抗爭事件分析報告」要約文
http://www.mac.gov.tw/big5/cnews/ref940829.htm
全文は、下記のURLを参照のこと(PDFファイル)。
http://www.mac.gov.tw/big5/cnews/ref940829.pdf

(註2)
「脅迫→辞任@広州市太石村 中央と現場の温度差?」『朝日新聞を読む』2005/09/26
http://ihasa.seesaa.net/article/7349377.html

和諧社会は胡錦濤印の金太郎飴か?

 香港の『大公報』は五中全会が10月上旬の最後の幾日かに開催されると報道している(註1)。この報道は9月25日付けの『香港文匯報』の報道とも符合する(註2)。更に日本の時事通信は具体的に10月10日前後に数日に渡って開催されるとしている(註3)。

 『大公報』には続けて中央党校副校長・王偉光の発言として面白いことが書いてある。以下引用。

 「科学的発展観」は現代中国の経済社会の諸矛盾を解決するために絶対必要な基本原則であり、経済社会と人々の全面的な発展を実現するために長期に渡って堅持しなければならない指導思想である。そして、「指導的幹部の発展観念の問題を解決するのが先ず重要な任務である。」

 王偉光は幾人かの指導的幹部の頭の中には偏った意識があると批判する。ある指導的な幹部は「発展こそが道理である」というのを「経済成長だけが道理である」と曲解している。「発展は執政と国の主要な任務である」というのを「経済成長が執政と国の唯一の主要な任務である」と曲解している、「経済建設を中心とする」というのを「GDPを中心とする」と曲解している、発展の最終目的を単一の経済目標、物質目標の追求と曲解している、発展を短期の、一時的な経済成長と曲解している。

 この部分は中央党校という中共シンクタンクの副校長に当たる人が、要約すると「江沢民時代を総括すんぞ、ゴルァ!」と言っているように見える。更に中央党校というのは中共イデオロギーの聖地でもある。そして、第十一次五カ年計画の起草案策定にあたっては、この「科学的発展観」と「和諧社会」建設という胡錦濤の提唱するイデオロギーが基調として策定されるという。これは、この『大公報』の報道と前述の『香港文匯報』でも報道されているのだが、探してみたところ中国国内でもこうした線での報道が拾える。

 『新華網』の「徐才厚、何勇が国家の「第十次五カ年計画」の重要な科学技術の成果展を参観」という記事によれば、第十次五カ年計画の成果を強調するとともに、第十一次五カ年計画は全面的に小康社会を建設するために、中華民族の偉大な復興に更なる貢献をするために必要なものであると結んでいる。「小康社会」と言えば、胡錦濤のいう「科学的発展観」や「和諧社会」という文脈で多く触れられるタームである(註4)。

 また、同じく『新華網』の「十大キーワードで「第十次五カ年計画」を描写する」という記事では、訒小平理論と「三つの代表」という重要思想の指導の下で中国が発展してきたとしながら、第十一次五カ年計画の策定に向けて第十次五カ年計画を振り返る十のキーワードを紹介しているのだが、そこには「科学的発展観」、「マクロ経済調整コントロール」など、均衡的な発展という胡錦濤色彩濃厚な線で書かれている(註5)。

 第十一次五カ年計画を胡錦濤的なイデオロギーと結びつける論調の記事は、党機関紙の本丸である『人民日報』では未だ見られていないように思う。しかし、ゆっくりと外堀から埋めにかかっている雰囲気は感じる。

 一方で、地方の多くでは中央(胡温政権)の威令が及んでないのではないかという案件も多発している。特に前々から問題になっていた炭鉱経営の規制に関しては惨憺たる現状の模様(註6、参照:『日々是チナヲチ』)。SARS騒動の時には非協力的な地方への一点突破が成功したように思うが、今回の炭鉱経営の件はガチに地方の経済権益と衝突しかねないイシューだけに厳しいものがありそう。折からの原油価格の高騰を受けて石油、ガソリン不足が深刻になりつつあるという話も聞こえてきてるし。経済問題に関していえば、そもそも、マクロ調整の名の下に、経済の過熱化、過剰投資の防止を訴える胡温政権の政策は、経済成長率と大型投資による税収増によって出世のための評価(手柄)を得たい地方官には極めて不評であった。

 こうした中で胡温政権にとって良い知らせ(?)も地方から聞こえてきている。広東省が近日公布した『和諧広東の建設に関する若干の意見』という文件の中で、省党委員会、省政府が建設すべきである広東像として、「富裕、公平、活力、安康」の広東という八文字を上げている。その中の「富裕」に関するこの文章における定義というのは、「経済がスピードを持って持続的に協調的に健康な発展をすることであり、地区間、都市と農村の間の発展の格差を徐々に縮小し、全省社会の富をさらに成長させ、社会全体の成員の生活水準を普遍的に上昇させ、徐々に共同富裕を実現する。」としている(註7)。更にこの文章では、訒小平の発言を引用して「社会主義の目的はすなわち全国人民の共同富裕」としている辺りが心憎い。何かと中央に楯突く印象のあった広東省であるが、ここにきて胡錦濤の均衡発展観と近いことを言い出したというのも興味深い。この間、温家宝広東省を視察していたのと関係があるんだろうか。

 いやー綱引き激しくなってる感じ。綱自体が切れないかちょっと期待心配。

(註1)「中共五中全會研討「十一五」」『大公報』2005/09/27
http://www.takungpao.com/news/2005-9-27/MW-462159.htm
(註2)「五中全會國慶長假後召開」『香港文匯報』2005/09/25
http://www.wenweipo.com/news.phtml?cat=002CH&news_id=CH0509250013&PHPSESSID=f379a752fda239d895740f47018b57a2&PHPSESSID=49b6984e8fa81bf2057b8993c5bcd55e
(註3)「5中総会、来月10日前後で最終調整=次期5カ年計画を討議-中国」『時事通信』2005/09/27
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050927-00000019-jij-int
(註4)「徐才厚、何勇参观国家“十五”重大科技成就展」『新華網』2005/09/26
http://news.xinhuanet.com/politics/2005-09/26/content_3548349.htm
(註5)「十大关键词描绘“十五”中国」『新華網』2005/09/25
http://news.xinhuanet.com/politics/2005-09/25/content_3541006.htm
(註6)「造反官僚続出「炭鉱投資、クビになってもやめない!」」『日々是チナヲチ』2005/09/25
http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/e/d336af67cfc3e547a035aeff6cd6cd2c
「続・炭鉱の官民癒着――地方官僚、中央への造反者相次ぐ。」『日々是チナヲチ』2005/09/27
http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/e/c41eeb434b012b5cd28fcfc203ea1acb
(註7)「共同富裕是和谐之基 评建设和谐广东」『新華網』2005/09/26
http://news.xinhuanet.com/politics/2005-09/26/content_3547748.htm

動き出す五中全会

 香港文匯報の報道によると、第十六期五中全会(第十六期中央委員会第五回全体会議)の日程が近々開かれる中共中央政治局会議で決定されるとのこと(註1)。五中全会は中国の「国慶節」、つまり10月1日から始まる休日の後に開かれる可能性が濃厚である。また、五中全会では第十一次五ヵ年計画についての討論が行われる見込みであり、それに関する計画草案の基本点は既に定まっているらしい。前日に伝えられた中国総理・温家宝の欧州訪問が延期されたのも(註2)、これに関係していると思われる。

 中共に批判的な中南海ウオッチャーである林保華は、やはり五中全会を前にして温家宝自身が参与しなければならない重大問題が生じている可能性があるとしている(註3)。彼が挙げる中共指導部が直面している「内憂」と「外患」を列挙してみよう。

● 中共一七大に向けた人事配置。特に江沢民系と見られている現上海市党委書記を胡錦濤系に替えることが出来るかというのは一つの焦点。
● 政軍関係。劉亜洲と朱成虎は公に異なった軍事上の観点を述べている。またこれは中共党史と軍事史にお いても見ることが出来る。
● 経済権益の衝突。去年の春に始まった中央主導のマクロ経済調整は上海を代表とする地方諸侯の抵抗に あって今に至るも徹底してはいない。温家宝の9月中旬の広東へ訪問は一つの「躓き」であった。広東第一書記・張徳江江沢民系であり、深圳ももともと江沢民系の黄麗満の影響力が強い。
● 中国の言ういわゆる「平和的な台頭」に対して質疑が続いている。中国製の輸出商品は輸入国の不満を引き起こしている。

 上述の香港文匯報の報道においても第十一次五カ年計画の草案起草に関わっている官員の話として、次の趣旨で計画されているとしている(註4)。

● 科学的発展観を強調し、和諧社会を建設する。
● 計画の理念は「以人為本」(人民を以って根本と為す)であり、全面的で、協調的な持続可能な発展を促す。
● 経済成長方式
● 産業構造
● 「三農」問題
● 都市化
● 地域発展
● 和諧社会

 この内容を見ると第十一次五カ年計画は胡錦濤の色彩濃厚な線で草案が起草されている。これは前述したような(参照1参照2参照3江沢民時代の「社会主義初級段階論」に基づく経済成長市場主義、「先富論」的な発展観と対を成すものである。ここに来て胡錦濤は中央突破全面展開という勝負に出たように思われるが如何だろうか?点はやがて線となり面を現しつつある。

 さらにこの時期に至って、香港やシンガポールと言った中国と関係の深いメディアがある地域を飛び越えた外電という形で中共内の権力闘争に関わる微妙な情報が流れてきた。このパターンというのは他にも結構見られて、中国国内や香港などのメディアに接点を持たない、或いは影響力の無い勢力のリークとしてその背景を考えてみるのも面白いかもしれない。む、ちょっと先走ったか。

 この記事、元々は『The New York Times』の9月24日付けのニュース(註5)。私は台湾の報道経由で知った(註6)。この報道では胡錦濤と曽慶紅が、去年の江沢民の中央軍事委員会主席からの辞職に関して協力体制をとっており、更に台湾の野党指導者の大陸訪問、香港に関する政治事務の重大な政策決定において胡錦濤と曽慶紅が共同で完成させていたというもの。これまで曽慶紅は江沢民系と見られてきたわけで、この報道が事実だとすると今までの見方を再検討しなければならないかも知れない。五中全会を前にしてこうした報道が流れる、或いはリークされるというのは、中々に読めない話だ。その背景などについても考えてみたいが、兵器購入予算案反対に反対デモを見物してこうようと思っているので(参加じゃなくて見物。外国の政治活動には係わらないというのがポリシーなんで)、それは後日。

(註1)「五中全會國慶長假後召開」『香港文匯報』2005/09/25
http://www.wenweipo.com/news.phtml?cat=002CH&news_id=CH0509250013&PHPSESSID=f379a752fda239d895740f47018b57a2&PHPSESSID=49b6984e8fa81bf2057b8993c5bcd55e
(註2)「溫家寶突宣布取消下月的出訪行程,原因不明」『中広新聞網(蕃薯藤新聞)』2005/09/23
http://news.yam.com/bcc/china/200509/20050923159171.html
(註3)林保華「内忧外患困扰中共五中全会」『新世紀』2005/09/24
http://www.ncn.org/asp/zwginfo/da-KAY.asp?ID=65882&ad=9/24/2005
(註4)前掲、『香港文匯報』2005/09/25
(註5)”China's Leader, Ex-Rival at Side, Solidifies Power”, The New York Times,2005/09/25
http://www.nytimes.com/2005/09/25/international/asia/25jintao.html?ei=5094&en=e828ef2c330c3bbc&hp=&ex=1127707200&adxnnl=1&partner=homepage&adxnnlx=1127621115-dJTqAxJOr/uO/W6NUBQFTg
(註6)「胡錦濤曾慶紅 政敵結盟」『中国時報(蕃署藤新聞)』2005/09/25
http://news.yam.com/chinatimes/china/200509/20050925173547.html